2019年03月15日号
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artscapeレビュー

3.11とアーティスト:進行形の記録

2012年11月01日号

会期:2012/10/13~2012/12/09

水戸芸術館現代美術ギャラリー[茨城県]

アーティストは東日本大震災にどのように反応して行動したのか。本展は、23組のアーティストが現地で繰り広げた、あるいは現在も進行している諸活動を、あの日から現在までの時間軸に沿って紹介したもの。
加藤翼のインスタレーションがあまりにも粗雑であり、開発好明の《デイリリーアートサーカス》を招聘した反面、ラディカルな《政治家の家》を展示に含めないなど、難点がないわけではない。とはいえ全体的には見応えのある展示で、一つひとつの「活動」をていねいに見ていきたくなる。
ひとくちに「活動」と言っても、そのかたちはじつにさまざま。作品として結実させたものもあれば、それ以前の段階をそのまま見せたものもある。悲劇に寄り添う作品もあれば、復興のエンパワーメントを志す作品もある。それらのなかに「正解」があるわけがないのは明らかだが、ひときわ注目したのはタノタイガである。
被災地で瓦礫撤去のボランティアに参加するプロジェクト「タノンテイア」を組織している。会場には、その記録映像のほか、使用した作業着、道具、そして瓦礫のなかから拾い集めた数々のモノが展示された。作業着やワニなどの置物などに残された泥が津波の衝撃や過酷な作業を物語っているが、これらをボランティアの活動報告として受け取ることはできるにしても、アートとして見ることはなかなか難しい。
むろんかき集めた泥を詰めた土嚢を美しく積み上げた「タノミッド」にアーティストならではの才覚を見出すことはできなくはない。けれども、タノタイガはアートから意識的に距離を取ることをあえて選択していたようだ。会場で発表されたのは、「アーティストが今できること。それはアーティストであることを捨てること。無名になって、誰かの生のために汗を流すこと。涙ではなく汗を」という決意の表われにほかならなかった。
それが「記録」なのか「作品」なのかはさほど重要ではない。問題なのは、あの震災がアーティストという強力なアイデンティティを無名性に還元したという事実である。そして、そのある種のタブラ・ラーサから、再び表現を組み立て直そうともがいているアーティストがいるという事実である。だからタノタイガが実践しているのは、被災地の復興への尽力であると同時に、アートそのものの復興でもあるのではないか。この危機をくぐり抜けたアーティストが今後どんなアートを立ち上げるのか、注目したい。
311と815は私たちの暮らしや文化に決定的な打撃を与えた歴史的な事件である。だが、その出来事をひとつの問題として共有する経験は、放射能汚染に対する危機感が東日本と西日本のあいだではっきりと分断されているように、もしかしたら311は815より乏しいのかもしれない。その経験に厚みを持たせる機会として、本展を活用してほしい。

2012/10/14(日)(福住廉)

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