畠山直哉『気仙川』:artscapeレビュー|美術館・アート情報 artscape

2018年08月01日号
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畠山直哉『気仙川』

2012年11月15日号

発行所:河出書房新社

発行日:2012年9月30日

本書の刊行前に見本を送っていただいた。それをざっと眺めて、とてもよく練り上げられたいい写真集だと思ったのだが、そのままページを閉じてしまった。写真をじっくりと見て、そこに添えられたテキストを読むことに、ある種の畏れとためらいを感じてしまったからだ。
なぜ、そんなふうに感じたのかといえば、言うまでもなく本書の成り立ちについて、あらかじめ知る立場にいたからだ。畠山直哉の実家がある岩手県陸前高田市気仙町は、東日本大震災が引き起こした大津波で大きな被害を受けた。実家は津波で流失し、母親は遺体で見つかった。その一連の出来事を受けとめ、咀嚼し、あらためて具現化した成果は、昨年、東京都写真美術館で開催された個展「ナチュラル・ストーリーズ」で発表された。それが本書を構成する二つのシリーズ、「気仙川」と「陸前高田」である。震災から1年半が過ぎたこの時点で刊行された写真集『気仙川』は、それゆえ畠山があの極限状況のなかで、何を考え、どのように行動したのかを報告する生々しいドキュメントとなる。その息苦しさが、写真集のページを繰ることにためらいを生じさせたのだ。
約1カ月後に、ようやく最後まで読み(見)通すことができた。この写真集はやはり畠山の仕事としてはかなり異例な造りになっていた。特に前半部の「気仙川」のパートに添えられたテキストの緊張度はただならぬものがある。地震の第一報を聞いて3日後にオートバイで陸前高田に向かう、その道程の出来事が、瘡蓋を引き剥がすような痛切な文体で綴られているのだ。それが2000年頃から折りに触れて撮影していた、安らぎに満ちた故郷の風景と交互にあらわれてくる。「気仙川」をこのような造りにしなければならなかった所に、彼が味わった「今までの人生で経験したことがないほどの痛烈な刺激」の凄まじさが、端的にあらわれているのではないだろうか。
だが、震災が来るまでは「un petit coin du monde(地球=世界の小さな一角)」と記された箱におさめられて、ひっそりと眠っていたというこれらの写真群は、このような緊急避難的な構成のなかではなく、もっと別な形で見たかった気もする。「気仙川」は写真家・畠山直哉にとって、とても大事なシリーズとして育っていく可能性を秘めていると思うからだ。彼がこれまで撮影・発表してきた「大きな眺め」にはなかった、柔らかに被写体を包み込み、震えながら行きつ戻りつして進んでいくような視線のあり方を、このシリーズでは見ることができる。「un petit coin du monde」の箱におさめられるべき写真を、これから先も撮り続け、これらの写真と繋いでいってほしいものだ。

2012/10/15(月)(飯沢耕太郎)

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