artscapeレビュー

吉野英理香「Digitalis」

2013年01月15日号

会期:2012/12/08~2013/01/19

タカ・イシイギャラリー フォトグラフィー/フィルム[東京都]

ひとりの写真家の世界が、何かのきっかけで大きく開花していくことがある。吉野英理香にとっては、それは写真集『ラジオのように』(オシリス、2011)の刊行だったのではないだろうか。吉野はこの写真集におさめた写真を、それまでのモノクロームからカラーに変えて撮影した。そのことで、北関東の街のなんとも殺風景な日々の情景が、傷口をそっと指の腹で撫でるような切実さで定着されるようになった。
今回発表されたのは、その続編というべきシリーズだが、その作品世界はさらなる深まりを見せている。路上で撮影されたスナップ的な写真が減ってきて、身近なモノをじっと見つめているような写真が目につく「火がついて半ば燃えかけた紙片」「闇の中に半ば消えかけている猫」「植え込みに半ば隠れている自動車」「羽根を半ば閉じた(開いた)白鳥」──こうして見ると、何かが途中で中断したり、曖昧な形のままに留まったりしている、宙吊りの印象を与える写真が多いことがわかる。その「半ば」という感覚こそが、吉野の視線のあり方を強く支配しているように思えるのだ。
個人的にとても強く惹かれる写真が一枚あった。窓辺に置かれた洗面器のような金属製の容器に水が張られ、紙(写真のプリント)が浮いている写真だ。静謐だが、凛と張りつめた緊張感を漂わせている。彼女の師である鈴木清が写真集『流れの歌』(私家版、1972)の表紙に使った、あのつけ睫毛が洗面器の底に貼り付いた写真を思い出した。鈴木から吉野へ、イメージが眼から眼へと手渡されているということだろう。

2012/12/21(金)(飯沢耕太郎)

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