artscapeレビュー

複製そして表現へ──美しさを極めるインクジェットプリントの世界

2013年04月01日号

会期:2013/03/05~2013/05/12

印刷博物館P&Pギャラリー[東京都]

平成25年用のお年玉付き年賀ハガキの発行総数は35億8,730万枚。このうち、無地のハガキは通常のものが4億8700万枚。他方でインクジェット紙は14億3,400万枚と約3倍である。キャラクター入りハガキなどを含めるとインクジェット用はさらに多くなる。インクジェット紙の年賀ハガキが最初に発行されたのは平成9年(平成10年用)で、そのときの発行枚数は2億枚であるから、インクジェットプリンタがこの十数年のうちに私たちの生活にとても身近な存在になってきたことがこのデータからもわかろう。デジカメの普及とも相まって、大手メーカーは写真画質の再現を目指してプリントの品質を向上させてきた。通常の印刷や版画と異なり、版をつくる必要がないインクジェットプリントは、必要なときに必要な枚数だけをプリントすることができる。このために、家庭用のみならず、印刷現場でも少部数のカラー印刷物──メニューやポスターなど──に、インクジェットプリンタが使用されるようになってきている。そればかりではない。精緻なインクジェットプリントはジークレー版画とも呼ばれ、複製画の制作に使われるほか、リトグラフやセリグラフに取って代わられることもある。データに基づいて液体を噴出するという基本的な仕組みは、3Dプリンタにも利用されている。多様な場に普及しつつあるインクジェットプリンタであるが、本展は複製と表現という二つの視点から、その可能性を見せてくれるものである。
 やはり驚かされるのは複製画の再現性である。会場には、マンガ、イラスト、水彩画、アクリル画、写真等々の実物と複製画とが並べて展示されているが、キャプションがなければどちらがオリジナルなのか区別が付かないものもある。マンガやイラストなどの平面的な作品ではもちろんのことであるが、ペンやガッシュの掠れ、アクリル画や日本画のテクスチャーまで感じられるものもあるのは驚きである。インクジェットプリンタでは金や銀のプリントはできないが、東京国立博物館所蔵《洛中洛外図屏風》の複製画は金箔までも再現されているかのように見える。オリジナル表現のコーナーでは、写真家・織作峰子氏、イラストレーター・及川正通氏らの作品が紹介されている。PCでイラストを描く及川氏の作品には物理的なオリジナルは存在しないが、インクジェットプリンタで出力された鮮やかで精緻な色彩は、プロセス印刷とは明らかに異なるアウラを感じさせる。複製の手段であった版画や写真が表現に応用されるようになったように、インクジェットプリンタを表現手法として用いる作家もこれから増えていくに違いない。[新川徳彦]

2013/03/08(金)(SYNK)

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