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artscapeレビュー

ジミー・ツトム・ミリキタニ回顧展

2013年08月01日号

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会期:2013/05/14~2013/07/20

立命館大学国際平和ミュージアム 中野記念ホール[京都府]

ジミー・ツトム・ミリキタニ(1920~2012)は、日系アメリカ人アーティスト。サクラメントに生まれ、広島で育ち、日本画家を目指してアメリカに帰ったが、80年代からニューヨークの街角で路上生活を送りながら絵を描いていたところ、リンダ・ハッテンドーフ監督と出会い、彼女の映画『ミリキタニの猫』で広く知られるようになった。本展は、日米の歴史に翻弄されたジミーの激動の人生を、絵画をはじめ数々の資料によって回顧したもの。比較的小規模であるとはいえ、見応えのある展示だった。
ジミーの絵に一貫しているのは、過去の記憶の召喚である。たびたび描いているツール・レイク収容所の絵は、ジミーが戦時中に「敵性外国人」として強制的に収監された苦い経験に由来しているし、幼少期を過ごした広島の心象風景もいくども描いている。軍人や軍艦の図版を貼りつけたコラージュによって太平洋戦争を描写した作品もある。炎に包まれるワールド・トレード・センターなど同時代的な主題を描くこともないわけではないが、それにしても原爆ドームの描き方との連続性が強いことから、ジミーがそれらを人間の過ちという歴史に位置づけていることが伺える。やや大袈裟に言えば、ジミーの絵には日米の歴史のひろがりが体現されているのだ。
もうひとつの大きな特徴は、ジミーが画面に書き込んでいる文字。おそらくボールペンなのだろう、画面の余白に「雪山」という雅号や「広島縣人」といった自らのアイデンティティーを告げている。収容所の絵には「無名死者三百人」という文字もあるから、絵の中の文字は記録や伝達の意味合いもあったようだ。
面白いのは、それらのなかに「東京上野藝大卒」「元日本美術院會員」「日本画一位画家」といった文字も含まれていることである。むろん、これらは事実ではない。けれども、ジミーがこれらの絵を路上で描いていたという条件を省みれば、このような文字をたんなる「嘘」として退けることは難しくなる。なぜなら、路上で絵を描くということは路上で絵を見せるということであり、であればこれらの文字は虚栄心の現われである「嘘」というより、より多くの人びとに自らの絵を届けるための戦術的な「箔」として考えられるからだ。
実際、ジミーは「販売」より「伝達」を重視していたのではないだろうか。映画『ミリキタニの猫』には、ジミーが絵の前で激昂しながら演説をしていたという逸話が紹介されているが、おそらくジミーにとっての絵とは、アメリカ国籍をもっている日系人たちの財産を奪い、強制収容所に幽閉したアメリカ政府の黒い歴史を物語る媒体だった。絵は、文字や言葉と不可分だったのだ。
ジミーの絵を、ひとまずアウトサイダーアートとして分類することはできるだろう。けれども同時に、それは近代絵画以前の「絵」の伝統に位置づけることもできなくはないはずだ。展覧会の前身である油絵茶屋では油絵が口上とともに見せられていたと考えられているように、ジミーの絵も基本的には彼の肉声や言霊と切り離せないからだ。「近代」の定着にしくじったことが明らかになりつつあるいま、ジミーの絵から学ぶことは多い。

2013/06/23(日)(福住廉)

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