2018年06月15日号
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artscapeレビュー

村越としや「火の粉は風に舞い上がる」

2014年10月15日号

会期:2014/09/20~2014/11/03

武蔵野市立吉祥寺美術館[東京都]

僕以外にも何人かの論者が指摘していることだが、村越としやの写真は「3.11」以後に明らかに変わった。むろん、彼が故郷の福島県を撮り続けているのは周知の事実なので、写真を見る時に震災と原発の影を重ね合わせないわけにはいかないということは大きい。だが、それ以上に被写体となる風景に対峙する彼の姿勢に、大きな変化があったのではないだろうか。写真の骨格が太く、強靭になり、画面全体に緊張感がみなぎるようになった。繊細だが、どこかひ弱な印象もあった以前の写真と比較すると、その堂々たるたたずまいには、見る者に威儀を正させるような力が備わってきているように思う。今回の展示は、村越にとっては最初の美術館での個展で、それだけ力の入り方が違ったのではないだろうか。大小の写真をちりばめつつ、奥へ奥へと視線を誘っていく会場のインスタレーションもよく工夫されていた。
疑問に思ったのは、同時に刊行された同名の写真集(リブロアルテとSpooky CoCoon factoryの共同出版)におさめられている「人」のイメージを、展示ではなぜ全部抜いてしまったのかということだ。これまで「風景」の写真家として村越が取り組んできたのは、自らの「心象風景」と、眼前の、どちらかといえば即物的な日常的な眺めとをすりあわせつつ、モノクロームの写真に置き換えていく営みであり、それはほぼ達成できたのではないかと思う。その調和を壊しかねない「人」の姿を取り入れていくことは、たしかに冒険ではあるが、新たな方向性を指し示してくれるものとなるはずだった。もし会場構成上の理由で「人」の写真を抜いたのだとしたら、やや残念ではある。風景における人為的要素を抽出していくことが、彼の大きなテーマになっていく予感があるからだ。

2014/09/25(木)(飯沢耕太郎)

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