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赤瀬川原平の芸術原論──1960年代から現在まで

2014年12月01日号

会期:2014/10/28~2014/12/23

千葉市美術館[千葉県]

2014年10月26日、赤瀬川原平が亡くなった。10月18日からは町田市民文学館ことばらんどで「尾辻克彦×赤瀬川原平──文学と美術の多面体展」が始まったばかりであった。しばらく前から体調が優れないことは伺っていたがとても残念である。ことばらんどの展覧会も、千葉市美術館での展覧会も、結果的に赤瀬川原平の活動の軌跡をたどる追悼展になってしまった。
 ひとことで言い表わすことが不可能なほど多彩な活動を行なった赤瀬川氏の仕事をどのように紹介するか。この展覧会はその活動をテーマと時系列で11章に分けて追う構成となっている。展示は1950年代武蔵野美術学校で学んだころから始まり、ネオ・ダダと読売アンデパンダンへの出品、高松次郎・中西夏之らと結成したハイレッド・センターの活動から模型千円札裁判を経て櫻画報や美学校での活動、作家尾辻克彦、「トマソン」の発見と路上観察学会、そして晩年の具象絵画への回帰にいたる。なかでも「ハイレッド・センター」と「千円札裁判」はその後の赤瀬川氏の活動を大きく方向付けたものであり、かなりのスペースを割いて作品と資料が展示されている。昨年から今年に掛けて名古屋市美術館と渋谷区立松濤美術館で開催された「ハイレッド・センター──直接行動の軌跡」展でも紹介されたものが多いが、千円札裁判については新聞社に送った内容証明や記者からの返信など、さらに多くの資料が出品されている。仕事のヴォリュームとヴァラエティばかりではなく、写真資料などを通じて紹介されている芸術家、評論家、写真家、漫画家たちとの幅広い交流も興味深い。総数500点を超える作品と資料による充実した回顧展だ。
 「自称超前衛派の若い画家」「イラストレーター」「芥川賞作家」。多彩な活動経歴ゆえに新聞記事で赤瀬川氏に付された肩書きもさまざま。私たちが氏に抱くイメージもまた、いつの時代の、どの活動で氏を知ったかによって、異なっていると思う。私の赤瀬川原平初体験は「櫻画報」だったので──とはいえ同時代の体験ではないのだが──、漫画家・イラストレーターのイメージが強かったが、その後に「トマソン」を知り、さらに尾辻克彦と同一人物であると知るにいたって氏が何者なのかわからなくなった覚えがある。本展の展覧会チラシ、図録のデザインがアヴァンギャルド風であるところを見ると、デザイナーは1960年代の前衛活動を赤瀬川芸術の根本に見ていると思われる。路上観察の面白さで氏を知った人たちは、また異なるイメージを抱いているに違いない。赤瀬川原平とは何者だったのか──いまや過去形で語らなければならない──という疑問は、氏を語る人々が必ず抱く問題で、本展図録に寄せられた山下裕二氏によるエッセイのタイトルはまさに「『赤瀬川原平』とは何者か」である。そのなかで山下氏は赤瀬川氏を「よく視る人」と評する。山下氏とのつきあいが始まった時期、「路上観察」から「日本美術応援団」にかけての赤瀬川氏の仕事は、まさに「よく視る」の真骨頂だ。では「よく視る」その視点はどこにあったのだろうか。
 本展企画者のひとり、水沼啓和・千葉市美術館主任学芸員の言葉に倣うならば、赤瀬川氏はつねに「野次馬」として自身の周囲を観察していたように思う。すなわち赤瀬川氏は「櫻画報」の「馬オジサン」である。野次馬はつねに出来事の外側にいる。けっして中には入り込まない。前衛芸術の世界にあっては「反芸術」であるが、裁判の場にあっては「芸術」を訴える。漫画にあってはその形式を乗っ取り、新左翼運動を斜に見て運動側も体制側も同等にパロディに仕立てる。美学校では自分を「先生徒」と位置づけ、教える側と学ぶ側を行き来する。「トマソン」は「よく視る」という行為と野次馬的視点が生み出した創造的発見であり、モノが持っていた本来の意味を剥ぎ取り、新たな意味を付与する行為だ。路上観察などのさまざまなグループ活動を生み出したが、けっして会長にはならない。野次馬的視点はエッセイにおいても同様で、氏は出来事の当事者であるにもかかわらず、その視点はつねに外側にあって自身を観察し解釈するのだ。とはいえ、野次馬だからといってつねに遠くの安全地帯からヤジを飛ばしているわけではない。ギリギリまで現場に近づいた結果、意図せず一線を踏み外してしまうこともある。流れ弾に当たることもある。それが模型千円札裁判であり、第二次千円札事件であり、朝日ジャーナル回収騒動だったのではないか。
 本展は赤瀬川氏の仕事をテーマに分けたうえで時系列に並べているために、氏の関心が時期ごとに変化しているようにも読めてしまうが、じっさいの仕事や関心は連続し、たがいに絡み合って成立してる。今回の展覧会を手掛かりに一つひとつのテーマを取り出せば、複雑な多面体とも表される赤瀬川氏のまた違った姿が見えてくるに違いない。[新川徳彦]


展示風景

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