2017年09月15日号
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artscapeレビュー

VOCA展

2015年04月15日号

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会期:2015/03/14~2015/03/30

上野の森美術館[東京都]

「現代美術の展望──新しい平面の作家たち」という枠組みで、1994年から毎年開催されている「VOCA展」も22回目を迎えた。めったに足を運ばないのだが、ひさしぶりに展示を見てみると、写真と絵画を巡る状況が既に大きく変わってしまったことに強い感慨を覚えた。
今回「写真作品」を出品しているのは、川久保ジョイ、岸幸太、ジョイ・キム、福田龍郎、本城直季の5人。34名の出品作家のうちの5名だから、極端に多いとはいえないが、決して少なくはない数といえるだろう。気がついたのは、写真というメディウムが決して特殊なものではなく、むしろ他の平面作品とまったく違和感なく同居していることで、そのような感触は1990年代まではなかったことだ。かつては、写真と絵画、あるいは版画との異質性が、もっとせめぎあいつつ際立っていたように思う。これは2000年代以降に、「写真の絵画化」、「絵画の写真化」が急速に進んだことの端的なあらわれといえるだろう。
とはいえ、名前を挙げた5人の「写真作品」を、単純に絵画と同じレベルで評価していいのかといえば、そうではないと思う。VOCA奨励賞を受賞した岸幸太の「BLURRED SELF-PORTRAIT」は、壁に貼り付けた印画紙に画像を投影し、スポンジで現像液を塗布するという手法で制作されたものだが、1871年のパリ・コミューン時に撮影された労働者たちの群像写真と、自分のシルエットを重ね合わせることで、写真ならではの物質感と偶発性を取り込んでいる。また、大原美術館賞を受賞した川久保ジョイの「千の太陽の光が一時に天空に輝きを放ったならば」は、福島第一原発に隣接する帰宅困難地域の地下に、8×10インチの印画紙を埋め、放射性物質で「撮影」するという作品である。これもまた、むしろ自己表現を放棄し、写真のイメージ形成能力を最大限に活用することで、見えない「光」を捕獲しようとする試みといえる。写真という媒体そのものが本来備えている可能性を、作品作りのプロセスに積極的に導入していこうとする方向性は、他の出品作家の作品にも見られた。
「現代美術」と「現代写真」との境界線が消失したというのはよくいわれることだが、逆にその境界線に目を凝らし、こだわっていく作業も大事になっていきそうな気がする。

2015/03/16(月)(飯沢耕太郎)

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