2017年05月15日号
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artscapeレビュー

川村麻純「鳥の歌」

2015年04月15日号

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会期:2015/03/07~2015/05/10

京都芸術センター[京都府]

前作《Mirror Portraits》では、インタビューを元に、映像による立体的なポートレートを制作し、母娘や姉妹といった女性同士の関係性に焦点を当て、個人の記憶や家族という親密圏について考察した川村麻純。本個展では、第二次世界大戦前後に生まれた日本人と台湾人の夫婦に着目し、インタビューや調査で聞き取った個人史を通して、日本と台湾の歴史を再考している。片方の展示室では、リサーチやインタビューの過程で収集した写真や地図、資料が展示され、もう片方の展示室では、6名の女性に行なったインタビューを元にした映像が展示されている。
ここで奇妙なのは、最初の展示室に置かれた写真や資料が指し示す時代と、結婚式や台湾での家庭生活について語る女性たちの年齢との落差である。彼女たちは30代~中年の女性であり、資料の示す時代に台湾で結婚したとは考えられない。実際には、映像内の女性たちは当人ではなく、いまは高齢であろう女性たちが語った個人史を、カメラの前で「語り直し」ているのである。こうした川村の手つきは、一見両義的である。リサーチやインタビューを行なって過去を丁寧に検証しつつも、本人のインタビュー映像をそのまま用いることをしない。つまり、本人の語る映像が不可避的にはらむ「当事者性」を手放しているのであり、それを自作品の「正しさ」として占有化していない。非当事者による「語り直し」の行為は、フィクションとの境界線を曖昧化していく。
このことはまた、過去を思い出して語ること、「過去の想起」という行為が、常に現在の視点からによるものであり、(意識的にせよ無意識にせよ)なんらかの編集や書き換えを含み込まざるを得ない、揺らぎを伴うものであることとも関係している。川村の試みは、日本と台湾の歴史的関係性、移民と個人のアイデンティティ、家族、ジェンダーといった問題を提起しつつ、演劇的手法と映像という媒体を通して、「真正なドキュメンタリー」の不可能性を提示している。

2015/03/14(土)(高嶋慈)

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