2018年10月15日号
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artscapeレビュー

「スピード太郎」とその時代

2015年06月01日号

会期:2015/04/04~2015/07/05

川崎市市民ミュージアム[神奈川県]

大正から昭和初期にかけて活躍した漫画家・宍戸左行(1888-1969)の仕事を、左行の遺族から川崎市市民ミュージアムに寄贈された原画や関連資料、そして同時代の他の漫画家などの作品などによって位置づける企画。左行の代表作である『スピード太郎』を中心に、展示は概ね時系列に構成されている。宍戸左行は旧制中学を卒業後に洋画を学ぶために渡米(その時期、期間については諸説あるらしい)。アメリカではアルバイトをしながら画塾に通い、漫画の通信教育を試したという。帰国後は各種漫画雑誌に漫画を発表、新聞に政治・風刺漫画を描くほか、舞台デザイン、書籍の装幀・挿絵を手がけた。左行が留学時代にどのような作品に影響を受けたのかはわかっていないそうだが、ここでは左行も目にしたであろう同時代のアメリカのコミック、日本の漫画が紹介される。
 昭和5年(1930)年12月、左行は読売新聞日曜版付録に『スピード太郎』の連載を開始。昭和9(1934)年2月まで3年余にわたって連載は続く。物語は少年・太郎が「ドルマニア国」の内紛と隣国「クロコダイア国」との戦争に巻き込まれ、クマとサルを仲間に、自動車や飛行機、船、潜水艦、ロケットなどの空想科学的な乗り物や道具を駆使して縦横無尽に活躍する冒険活劇。人気を呼んだ連載は昭和10(1935)年10月には四色刷クロス製本で箱入りの豪華版単行本として発売され、大ヒットとなっている。出版元は長谷川巳之吉(1893-1973)が創業し、おもに豪華な造本の文学書を出版していた「伝説の出版社」第一書房。そのような出版社がなぜ子供向けの漫画本を刊行したのか。古い新聞をあたってみると、長谷川がその理由を述べた文章があった。曰く「これは過去の漫画の域を全く超越して、子供の世界に大きなイメージを与えるのみならず、大人が見ても色々な思慮と暗示とを受ける点に、非常に傑れたもののあることを発見」し、「過去の漫画の概念を一変せしめるのではないか」と。作品を描いた宍戸左行、掲載した読売新聞がはたしてそれを意図したのか、あるいは当時の一般的な読者がどのように読んだのかは不明だが、長谷川は「『スピード太郎』は、子供の童心の中に発展する強い正義感と勇敢な機知とが打って一丸となる美しい詩だと思っている」と高く評価している(読売新聞、昭和10年10月13日広告)。展示されている第一書房版のカラー原稿はとても状態がよい。登場人物のアメリカ的な衣装、奇想天外な道具だて、躍動的なストーリーと構図に魅了される。昭和初期にこのようなスタイルの漫画表現があったとは恥ずかしながら知らなかった。原画のほかには、「流線型」や「スピード」など、当時世界的に流行していたイメージが解説され、また同時代の漫画家たちの作品が出品されている。
 戦後のコーナーは、復刊された『スピード太郎』や昭和30年代初期までに描かれた左行の漫画作品の紹介、そして手塚治虫『新宝島』(昭和22年)の表現の「新しさ」を巡る近年の議論のなかでの『スピード太郎』の位置づけと再評価へと至る。すなわち手塚作品に見られるクローズアップや俯瞰的構図の多用とその映画的なストーリー構成には、すでに戦前期に優れた先行事例が存在したのではないかという指摘である。この点については論評が掲載された雑誌等の当該ページが展示されているが、漫画史に明るくない者にとっては、議論の具体的な内容も示して欲しかったところである。[新川徳彦]


『スピード太郎』単行本
提供=川崎市市民ミュージアム

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