2017年06月15日号
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artscapeレビュー

村上仁一『雲隠れ温泉行』

2015年07月15日号

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発行所:roshin books

発行日:2015年6月1日

「雲隠れ」という言葉を辞書で引くと「人が隠れて見えなくなること。行方をくらますこと」とある。失踪、蒸発、遁世、いろいろと言い換えられそうだが、社会的なしがらみから逃れて、どこか見も知らぬ土地を、気の向くままに漂泊してみたいという欲求は、日本人のDNAに刻みつけられているのかもしれない。そしてその欲求にぴったりと応えてくれる場所こそ、地方のひなびた湯治場ということになるのだろう。
村上仁一にも、どうやら20代後半の一時期に「俗世間からの失踪願望」があったようだ。休みを利用して全国各地の温泉をほっつき歩いては「とりとめもなく」写真を撮り続けた。それらは2000年の第16回写真ひとつぼ展でグランプリを受賞し、2007年には第5回ビジュアルアーツフォトアワードを受賞して、写真集『雲隠れ温泉行』(発売=青幻舎)が刊行された。村上はその後、カメラ雑誌の編集者として仕事をするようになるが、「温泉行」のシリーズは撮り続けられ、じわじわと数を増していった。それを再編集してまとめたのが、今回roshin booksから刊行されたニューヴァージョンの『雲隠れ温泉行』である。
白黒のコントラストを強調し、粒子を荒らした画像は、1960年代後半の「アレ・ブレ・ボケ」の時代から受け継がれてきたもので、もはや古典的にすら見える。だが、それが時空を超越したような湯治場の光景にあまりにもぴったりしていることに、あらためて感動を覚えた。村上がここまで徹底して「途方もない憧れの念」を形にしているのを見せられると、単純なアナクロニズムでは片づけられなくなってくる。僕らの世代だけではなく、つげ義春や『プロヴォーク』を知らない世代でも、ざらついた銀粒子に身体的なレベルで反応してしまうのではないかと思えてくるのだ。

2015/06/25(木)(飯沢耕太郎)

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