2018年09月15日号
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artscapeレビュー

逆境の絵師 久隅守景 親しきものへのまなざし

2015年11月01日号

会期:2015/10/10~2015/11/29

サントリー美術館[東京都]

久隅守景(くすみもりかげ)は寛永年間から元禄期にかけて活動した絵師であるが、生没年も、どの時期にどの地で活動していたのかもはっきりしない「謎の絵師」である。はっきりしているのは、守景は狩野探幽(かのうたんゆう)の弟子で、探幽の姪を娶って狩野一門のひとりとして地歩を固めたにもかかわらず、なんらかの理由で狩野派を離れたという点である。子どもたちの不祥事がその原因とされている。守景の娘・雪(清原雪信、1643〜1682?)も探幽に学んだ女性絵師であったが、同門の男性と出奔。息子の彦十郎(狩野胖幽、1650〜1730)もまた探幽に学んだが、悪所通いを理由に破門され、また同門の絵師との諍いが原因で佐渡に島流しになっている。本展タイトルに「逆境の絵師」とある所以である。
 展示第1章は狩野派絵師としての守景。第2章は古典に取材しながらも独自の変容を加えた《四季耕作図》。第3章は探幽のもとを離れ、加賀、京都へと移ったとされる晩年期の作品である。第4章は人物・動物・植物などのモチーフ。そして第5章は守景の子どもたち──雪と彦十郎──の作品。すなわち、「作品」と「謎」と「逆境」が綾なす構成である。
 守景独自の変容とはなにか。他の狩野派の絵師との違いのひとつは、たとえば通常の屏風形式の《四季耕作図》では四季が右から左へと展開するところを、守景は多くの場合左から右へと描いている点である。もうひとつは、先行する粉本には見られない人物や動物たちが描き込まれていること、そして、農業以外の四季折々の人々の暮らしぶりがふんだんにとりあげられていることである。もともと中国を発祥として、為政者が自らを戒めるために描かせた鑑戒画の主題に、日本的な風景表現を取り込んでいるのである。また、モチーフ選択の独自性に加えて、人々や動物たちを見る守景の視線にもまた独自性──身近なものへ寄り添うまなざし──があるという。そのことを念頭におくと、《四季耕作図》から納涼図に連なる守景作品のディテールはとても興味深い。その他の作品でも、《十六羅漢図》に描かれた動物たち──とくに羅漢に耳かきをしてもらっている龍の気持ちよさそうな眼、羅漢の足下でじゃれ合う二匹の虎や、振り返って羅漢と目線を合わせる獅子の表情など──はとても楽しく見ることができる。近江国米原の筑摩神社で行なわれた鍋冠祭を題材とした《鍋冠祭図押絵貼屏風》の美女とおかめの対比も面白い。もっともこの面白さは現代の視点から見た筆者の感想であり、守景作品の需要者であった江戸時代の武士たちはこれらの絵にどのような感想を抱いたのであろうか。
 チラシと図録のデザインにも触れておこう。どちらも眼を惹くのは丸みを帯びた書体による「久隅守景」のタイトル──筑紫丸ゴシック体をベースにしているようだ。チラシの地のテキスト、図録の本文にもまた筑紫丸ゴシック体が使われている。図録表紙は国宝《納涼図屏風》の拡大図。その上からオペークホワイトが刷られたトレーシングペーパーのカバーがかけてあるが、人物像の部分はオペークホワイトが切り抜かれており、親子3人の姿がトレーシングペーパーを透かして浮かび上がってくるつくりになっている。書体の選択にも、造本にも、守景の「親しきものへのまなざし」のイメージがよく表現されている。優れているのはデザインだけではない。図録に作品の全体像が収録されていることは当然であるが、一つひとつの作品をできるかぎり大きく見せるべく見開きのレイアウトや図版の折り込みが多用されている。またディテールのクローズアップも多数あり、守景の「まなざし」を細部まで見ることができるのだ。人物相関図、落款の変遷が収録されているほか、文献リストも充実しており、展覧会図録としてだけではなく久隅守景の作品集として現時点でベストのものを目指したという池田芙美・サントリー美術館学芸員のコメントに納得する内容だ。[新川徳彦]

2015/10/09(金)(SYNK)

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