2018年04月15日号
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artscapeレビュー

村越としや「沈黙の中身はすべて言葉だった」

2016年03月15日号

会期:2016/01/09~2016/02/13

タカ・イシイギャラリー フォトグラフィー/フィルム[東京都]

村越としやは2006年頃から故郷の福島県を撮りはじめ、東日本大震災以後もその仕事を継続している。中判~大判カメラで、あまり特徴のない風景を、細部まで丁寧に目を凝らしながら撮影するスタイルに変わりはないが、その作品にはどうしても「震災の影」を感じてしまう。それは写真を見る観客が、福島県須賀川市出身という彼のキャリアに過剰反応してしまうということだけでなく、彼自身もあらためて撮ることの意味を問い続けなければならなかったということのあらわれといえるだろう。村越は震災後、「被災地としての福島を撮ることを試した」のだが、結局うまくいかず、「目の前にあるどんなことでも、どんなものでも自分の目で見て写真に撮って考えること」を課すようになったという。その覚悟と緊張感が、写真に自ずとあらわれてきているのではないだろうか。
今回のタカ・イシイギャラリー フォトグラフィー/フィルムの個展では、大判のパノラマサイズ(イメージサイズは60×180センチ)に引伸された作品、7点が展示された。その横長の風景作品を見ていると、画像の強度がより増してきているように感じる。樹のあいだから見える海、ひび割れた岩の後ろの茫漠とした空間、湿り気が立ち上がってくる水面──画面構成はむしろ単純化しているが、タブローとしての完成度が格段に上がってきているのだ。ただしこのような絵画的な美意識の浸透は、「どんなものでも自分の目で見て写真に撮って」という撮影時のリアリティを弱めることにもつながりかねない。そのあたりの隘路をどう切り拓いていくかが、次の課題として見えてきている。


© Toshiya Murakoshi / Courtesy of Taka Ishii Gallery Photography / Film


2016/02/05(金)(飯沢耕太郎)

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