2017年12月15日号
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artscapeレビュー

碓井ゆい「SPECULUM」

2016年03月15日号

会期:2016/01/20~2016/02/20

studio J[大阪府]

鏡に自分の姿を映す。それは、自分の存在を視覚的に認識する手段のひとつだ。そして「わたし」という言葉は、言語による認識である。碓井ゆいは、視覚と言語による自己認識を奇妙なかたちで入れ替え、美しく親密な作品のなかに閉じ込めてみせる。壁に掛けられた数十個の、陶製のフレームの手鏡。淡い色彩で彩色され、手製のいびつな形の一つひとつには、世界中のさまざまな言語で「わたし」を指す言葉がエッチングで記されている。ただし、左右反転した「鏡像」として。日本語、フランス語、ドイツ語、ロシア語、ハングル、タイ語、アラビア文字……。何語か判別できない文字もある。パールがかった、淡く輝く表面の上に、たくさんの「わたし」が映っている。だが、鏡に映った「わたし」の像は、常に歪みやひずみをはらみ、他者の承認がなければ、「わたし」は空虚な記号でしかない。碓井のインスタレーションは、自己認識やアイデンティティの危うさを問いかける。
碓井の過去作品《empty names》は、従軍慰安婦に付けられていた「日本語の名前」を、美しい字体でラベルに記して香水瓶に貼りつけた作品である。手鏡と同様、香水瓶もまた女性の身だしなみに関わる持ち物であり、曲線的な瓶のボディラインは、しばしば女性の身体と同一視されてきた。そこに、他者から押し付けられた「日本語の名前」をまさに「レッテル」として貼りつけることで、男性から女性への、そして植民地への二重化された支配関係をあぶり出す。決して声高でなく、美しい碓井の作品は、親密さのなかにこそ政治性が宿ることをそっと差し出してみせるのだ。

2016/02/06(土)(高嶋慈)

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