2018年01月15日号
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artscapeレビュー

チェルフィッチュ「部屋に流れる時間の旅」

2016年04月15日号

会期:2016/03/17~2016/03/21

ロームシアター京都 ノースホール[京都府]

「KYOTO EXPERIMENT 2016 SPRING」公式プログラム観劇5本目。
花瓶ののったテーブルと2脚の椅子、奥にはカーテン。どこにでもあるリビングを思わせる簡素な空間。だが舞台上手には、水の入ったコップとホース、電球や石を組み合わせた奇妙な装置や、バケツ、プロペラ、丸い金属板のような物体が置かれている。日常的な室内を非日常が静かに侵食していくような舞台空間の中で、「震災直後」と「現在」と「近未来」をめぐる死者と生者の語りが交錯する。
「ねぇ、おぼえてる?」と執拗に夫に語りかける妻。「あの日を境に、私たちは生まれ変わったの。すばらしいと思わない?」と言う妻は、目に映るものすべてが美しく見えること、地震後に世の中が変わると確信した幸福感、隣人への思いやりや助け合いの気持ちが湧いたこと、赤ん坊に未来への希望を感じたことなどを延々と語り続ける。実は、彼女は地震の4日後に喘息の発作で死亡しているのだが、「災害ユートピア」の出現と社会の変化への希望を抱いたまま、円環的に閉じた時間の中に留まり続けている。死者の時間は安定しているが、もはや変化は訪れない。止まったままの死者の時間、その中で繰り返し語られる「希望」や「明るさ」、「幸せ」。「未来」を断たれた死者が「希望」を語り、過去の中にしか「未来への希望」がないという反転は、生者にとっては耐えがたい重荷となり、「ねぇ、おぼえてるでしょ?」という執拗な反復が負荷をかけ続け、生者の身体を硬直させていく。
呪いのような祝福の言葉から逃れるように、夫は新しい恋人を部屋へ迎え入れようとする。「わたしの乗ったバスは渋滞に巻きこまれていて、この部屋への到着が遅れています」「わたしは少しずつ、この人と親密になっていきます」と観客に向かって語りかける新しい恋人。死んだ妻=過去、夫=現在であるならば、この新しい彼女=来るべき未来の擬人化と考えられる。3つの時制の擬人化像を、元妻・夫・新しい彼女という3人の恋愛劇として重ね合わせた本作。死んだ妻は夫にだけ語りかけ、夫はぶっきらぼうな返事を返しつつ、新しい彼女とぎこちない会話を交わし、新しい彼女だけが観客に語りかけるメタな位置にある。あえて一幕の構成にすることで、限定された空間の中に、異なる話者と複数の時制が共存する構造が際立つ。現在において「今」を語ること、「現在時にはいない者」として「これから起こる未来」を語ること、「過去」を忘却しようとすることがかえって「過去」の存在を強く思い出せること。それは、「現在時には定住しえない、不在の者」としての「幽霊」を召喚する。「ねぇ、おぼえてるでしょ?」の執拗な繰り返しと、媚態とも苛立ちともつかない身体の微細な揺らぎ。現在時から疎外された「幽霊」は、絶えず想起されなければ存在できないのだ。
時間の圧縮、並置と共存。過去─現在─未来へと流れる単線的な時間ではなく、むしろ複数の時間軸の混線。伸縮自在に複数の時間を行き来するこの「部屋」とは、劇場空間に他ならない。「たくさんの、ここには聞こえてこない音があります」という新しい恋人の台詞には、社会的現実から切断された非日常的な「劇場空間」への自己批判が込められており、「ねぇ、おぼえてるでしょ?」という執拗な反復の居心地悪い響きは、倫理的要請と矛盾した希望のあり方、それが叶わなかった絶望、その諦めさえ忘却しつつある2016年の現在の後ろめたさを照射する。震災後の日本社会の矛盾を、死者と生者の交錯・対立を通して描き出す点で、本作は、前作の「地面と床」の延長線上に位置づけられる(「地面と床」では、国外への避難を企てる「嫁」を演じた青柳いづみと、ネイティブの土地や国語への愛を語る死者の「母」を演じた安藤真理という2人の女優が、本作では生者と死者の役柄を交換して演じている点も興味深い)。
また、時空の伸縮装置としての劇場空間への言及は、現代美術作家の久門剛史による音響と舞台美術によって増幅されていた。バケツ、ホース、小石、カーテン、電灯……一つひとつは見慣れたものだが、心地よい生活音や水の滴り、不穏なノイズを背景に、反復的な運動と光の明滅が与えられることで、自律的な領域をひとりでに生き始める。あるいは、揺らいだカーテン越しに差し込む光が、僥倖のような一瞬をつかの間出現させる。3人の話者による3つの時制の並置に加えて、もうひとつの時空間を到来させていた。

チェルフィッチュ「部屋に流れる時間の旅」
Photo: Misako Shimizu

2016/03/20(日)(高嶋慈)

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