2018年10月15日号
次回11月1日更新予定

artscapeレビュー

神村恵・福留麻里「あさっての東京」

2016年05月15日号

会期:2016/04/08~2016/04/10

STスポット[神奈川県]

神村恵と福留麻里が構成・演出・振付の一作。言葉と身体動作の関係がとても興味深い作品だった。冒頭、二人が並び立ち、次に神村一人が残ると、手にした「い・ろ・は・す」を指して「これやります」と一言。「い・ろ・は・す」を床に置くと、「い・ろ・は・す」を模倣し始めた。今度は福留が「これやります」と別のものを指して模倣を始める。その模倣に時間の要素が加わる。「これの10分後をやります」。ある時は、突然、最前列の観客を手招きし、椅子に座らせて、その観客の「60年後をやります」と口にし、福留は老いた体を「模倣」して見せた。「10分前をやります」とか「1年後をやります」とか、時間に関連する言葉が発せられると、観客はおのずとなんとなくそれはこういうものかなと曖昧なイメージを思い浮かべてしまう。神村や福留は、その言葉を発した後、ポーズをとったり、小さく動いたりする、すると観客は自分が思い浮かべたイメージと目の前の身体とを並べたり比べたりすることになる。普通、ダンス上演には言葉は持ち込まれない。そして、動作は抽象的であることが多い。観客は目の前の動作がダンサー(振付家)のどんな意図に動機づけられているのかを探りながらも、しばしば探りきれずに抽象的な動作を見ることになる。ときに観客は動作に潜む真意を追いかけづらくなる。それに対して、今作での言葉は、観客と神村・福留の二人を結ぶひとつの場になっていた。もちろんここでの言葉と身体の関係は、言葉が答えで身体がその答えに迫る、といった単調なものではない。もっと謎めいていて、その分豊かなものになっている。これは少しだけものまね芸に似ている。ものまね芸も最初に模倣する対象を伝え、次に模倣を実演するから。模倣対象のイメージと模倣した内容が一致することよりもむしろずれていることで、観客は笑う。この構造に近いとも言えるが、二人は笑いを求めているわけではなく(観客はときに大いに笑ったが)、置かれた言葉から喚起されたイメージと目の前の身体動作との距離を測ることが遊びとして用意されているようだった。観客の心の動きを「言葉」が置かれることで、いわば「振り付ける」作品だったといえるのかもしれない。

2016/04/08(金)(木村覚)

2016年05月15日号の
artscapeレビュー

文字の大きさ