2018年04月15日号
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artscapeレビュー

オーダーメイド:それぞれの展覧会

2016年05月15日号

会期:2016/04/02~2016/05/22

京都国立近代美術館[京都府]

英語の展覧会タイトル「ORDER & REORDER CURATE YOUR OWN EXHIBITION」が端的でわかりやすい。所蔵品を用いた本展では、展覧会の入り口が2カ所用意され、観客は好きな方を選択できる。エントランスの吹き抜けから階段で展示室に上がる「ORDER(秩序)」を選ぶと、右回りの一筆書きの導線に沿って、11個のキーワードに仕切られた展示空間を順番に回れるようになっている。一方、エレベーターを使って展示会場に入る「REORDER(再配列)」を選ぶと、左、右、中央、どちらへも進める導線のない空間が現われ、仮設壁が立ち並ぶ迷路のような空間を進むことになる。
本展のもうひとつの特徴は、作者別、年代順、素材やジャンル毎といったオーソドックスな分類方法を採らず、11個のキーワードを設けて展示構成を行なう点であり、コレクションの再配列であるとも言える。11個のキーワードは、「Color/Monochrome」「Frame」「Object」「Money」「Readymade」「Beyond Order」「ID」「Play」「Body」「Still/Moving」「Reorder」。日本画と写真、写真と油彩画が並列化され、映像インスタレーションと静物画が対面する。一方、笠原恵実子や森村泰昌、デュシャンなど複数出品された作家の作品は、会場のあちこちに点在して置かれている。そこでは、隣接した/離れた作品どうしの関係性を読み解く知的な楽しみとともに、新たな「タグ付け」を増やすことで、さらなる再配列を呼び起こす流動性が潜在している。例えば、「REORDER」に配された都築響一の《着倒れ方丈記》の写真シリーズは、エルメスやマルタン・マルジェラ、アンダーカバー、ナイキといったファッションブランドによって自己のアイデンティティを規定する人々のポートレートであるという点で、「ID」のキーワードとも結びつく。一方、色とりどりの市販のマニキュアを、魅惑的な商品名のアルファベット順に並び替え、グリッド状のカラーチャートとして整然と並べた笠原恵実子の《MANUS-CURE》は、「Color/Monochrome」に配されているが、「REORDER」に組み込むことも可能である。さらに、「ID」に配されたクシシュトフ・ヴォディチコの映像インスタレーション《もし不審なものを見かけたら……》は、暗い展示室に縦長の4つの窓が開けられ、すりガラス越しに映る人々の行為を眺めているような作品である。談笑する2人、携帯電話で話す人、窓ガラスの掃除をする人、うろつく犬、メッカへの祈りを捧げる人……。話し声は頭上のスピーカーから途切れがちに聴こえるが、影絵のシルエットで映される彼らが何者であるのかはわからない。しかし不穏なタイトルは、彼らが不法移民であるかのような可能性をちらつかせる。不透明な「窓」という装置を通して平穏な日常風景と不穏さのあいだを不安定に揺るがせる本作は、「Frame」のキーワードとも接続可能であり、この接続によって「Frame」は絵画の額縁やカメラのフレーミングといった美術内部の文脈から、移民の排除や監視などの社会制度や規制をも含むようになり、より社会的な意味を帯びたものへと拡張していくだろう。
美術館は、秩序化されたコードに従って作品を収集・分類し、理想的なコレクションを目指して目録を埋め充実させていく使命を帯びているが、その現実的な現われとしては、テンポラルな流動性や仮設性を伴っている。またそれぞれの個別的な作品には、カテゴリーや分類化を逸脱するポテンシャルが内在しうる。その意味で、美術館のコレクションとは、完結することなく、無数の再接続や秩序の組み換えの可能性を秘めた巨大な資料体である。一つの作品を複数の文脈へと接続させていくこと、新たな作品の追加・参入によって、文脈自体が更新・書き替えられていくこと、貼られたリンクが固定的ではなく、動的な流動性を秘めていること。このように、既存の秩序の再配列やオルタナティブな展示の可能態を観客の想像力のなかで促し、逸脱と(再)接続、相対化によってつねに活性化され続ける有機的な場所としてコレクションを捉える視座を開くとともに、「美術館における主体は誰か(誰がありうるのか)」という問いを喚起させている点に、本展の優れた意義がある。

2016/04/17(日)(高嶋慈)

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