artscapeレビュー

Sarah Moon 12345展

2016年06月01日号

会期:2016/04/21~2016/06/26

何必館・京都現代美術館

マット・ペーパーにセピアを組み合わせた幻想的な写真で知られる写真家、サラ・ムーンの展覧会が、同名の写真集の日本語版出版を記念して開催された。写真集『Sarah Moon 12345』は、モノクロ写真の3冊、出版当時の新作カラー写真の1冊、そして彼女の初監督映画作品『Mississippi One』(1991)の写真とDVDを収めた1冊からなる5冊組。フランスで出版されたもっとも優れた写真集に贈られるナダール賞を2008年に受賞した写真集である。会場の何必館・京都現代美術館は、2002年には写真集『Sarah Moon』の出版を記念して「過ぎゆく時 サラ・ムーン」展を、2004年にも写真集『CIRCUS』の出版を記念して同名の展覧会を行なった、特にサラ・ムーンと縁がある美術館。今回の展覧会には、同館のコレクションから厳選した作品が出品された。
サラ・ムーンといえばファッション写真家の印象を持つ人も少なくないだろう。彼女は10代の頃からモデルとして活動し、モデル仲間を撮影することから写真を撮りはじめ、29歳で写真家に転身したという経歴の持ち主。1980年代にはシャネルやラクロワ、ミヤケイッセイのファッションを撮影した彼女の写真が『Italian Vogue』誌や『Elle France』誌の紙面を飾り、キャシャレルの宣伝映像やコム・デ・ギャルソンのキャンペーン写真にも採用された。その後、ファッションの世界からギャラリーや映画館に活躍の場を移してきた。
今回の展覧会のテーマは、古いものと新しいもの、ファッションとランドスケープなど、相反するものの関係性だという。幾重にもぶれた輪郭、写真上に焼き付けられたフィルムのフレーム、浅い奥行き、ノスタルジックなモノクローム、または赤と緑が印象的な滲んだような色彩、彼女の写真の特徴はどの写真でも変わらず一貫している。古いものも新しいものも、ファッションもランドスケープも、どの写真を見ても画面には実在感がなくまるで物語の世界の視覚のように非現実的に見える。そういえば、写真集『CIRCUS』は童話「マッチ売りの少女」を写真と文章で綴った作品だったし、写真集『オーデルヴィルの人魚姫』(2007)は童話「リトル・マーメード」をもとにしていた。本展にも童話「赤ずきんちゃん」から発想をえた「黒ずきん」シリーズの写真と映像が出品されているが、可憐な少女に男の影が迫るというわりと現実味のある設定が画面の幻想的な雰囲気を不安と恐怖に変えている。一見幸せな夢の世界を描いているかのような童話も、実はとても残酷で猟奇的だったり悲惨だったりすることもある。サラ・ムーンの写真もまた、そうした二つの世界を映した、静かで深い鏡のようであった。[平光睦子]

2016/05/14(土)(SYNK)

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