2018年11月15日号
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artscapeレビュー

大駱駝艦・天賦典式『パラダイス』

2016年10月01日号

会期:2016/06/30~2016/07/03

世田谷パブリックシアター[東京都]

白を基調とした赤と緑の淡い色彩世界。「ゆるふわ」(信じられないかもしれないが、そんな女子向け形容詞が一番適切なのだった)の照明センスに、冒頭、驚かされる。「白」はダンサーたちの白塗り(本作のもう一つの基調は、男性のみならず女性ダンサーたちもほぼ全裸で白く塗られているところだった)とも反響する。舞踏らしからぬこの雰囲気が、大駱駝艦の今日的リアリティを強調している。20歳の観客があらかじめ情報に触れることなしに見たら、これはクレイジー・ホースと比べたくなる「奇怪なヌードショー」に映ることだろう。舞踏が積み重ねてきた歴史や伝統的側面を観客に反芻させるといった保守主義に一切与しない。だからこそのふわふわとした浮遊感。音楽になぞらえれば、その浮遊性はクラブ音楽的(テクノ音楽的)ということもできよう。短い動作をひたすら反復する。反復したら別の短い動作に変わる。起承転結のような展開は乏しく、「上げ」と「下げ」のみある。反復される短い動作は、GIFアニメのように淡々としている。そして、決してはみださない。ダンサーたちは、その鉄の掟のような「動作の反復」の奴隷である。はみださないのははみだせないからで、生物が遺伝子のプログラムに抗えないように、ダンサーたちは反復の連続というプログラム(振り付け)に抗えないようだ。タイトルの「パラダイス」とは、キリスト教的な背景を感じさせるもので、実際、知恵の実のごときリンゴをかじる場面も出てくる。パラダイスから追われても(そして自由を獲得しても)、人間の行なうことには限界があり、結局、遠く旅立ったようで、出発点に戻ってしまう。さて、大駱駝艦を見る際には、メタ的な物語から目をそらすことができないものであって、「ゆるふわ」な冒頭の色彩の下で、中心に直立する麿赤兒から放射線状に鎖が伸びてメンバーたちを縛っているさまは、このグループの師弟関係を連想させずにはいない。メンバーたちは鎖を外し、麿を置いて行く。ラストシーンでも、この「縛り」を「解く」場面が繰り返される。大駱駝艦ほど、若手と師匠が仲の良いグループは珍しい。それは単に師弟関係という以上に、世代の異なる者たちが共同で制作しているということでもあり、あらためて驚かされる。この仲の良さが、優しい「パラダイス」そのもののようでもある。

2016/07/01(金)(木村覚)

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