2018年05月15日号
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artscapeレビュー

男女共学化の時代 ─戦後京都の公立高・女子高・男子高─

2016年10月01日号

会期:2016/07/02~2016/09/25

京都市学校歴史博物館[京都府]

第二次世界大戦後、GHQの意向を受けた教育改革によって、中等教育の男女共学化が進められた。なかでも京都の公立高等学校では1948年10月の地域制(小学区制)・総合制と同時に共学化が実施された。この展覧会は、1970年頃までを対象に、学校新聞、写真、教科書などを資料として、男女共学の導入とその後の様相とを見せる興味深い内容になっている。
進駐軍主導の改革には旧制中学校・高等女学校に通う生徒や保護者たちからの反対があったが、教育改革を担った京都府軍政部民間情報教育課長E・ケーズの指導により改革が断行され、1947年5月に始まった新制中学校で男女共学化が実施された。新制高等学校の誕生は1948年4月だが、その時点では男女別学で、同年10月の再編により男女共学化が行なわれたという。当初は反対運動があったとはいえ、男女共学化が受け入れられたのは、男女別学を希望する者にとって、京都では多くの私立高等学校がその受け皿となったからと説明されている。1950年の全国における高校の私学在籍者は男子13%、女子23%。それに対して京都市内では男子31%、女子49%と、比率が非常に高かった。その後その比率は高まり、1960年には女子の3分の2は私立の女子高に通っていたという。ということは、京都市では男女共学が受け入れられたというよりも、男女別学を望む層が私学に流れたということになろうか(経済的事情で私学を選択できない層が共学の公立高校に進んだ、ということだろうか)。また京都市では1963年から、府立高校では1973年から順次、家庭科の男女共修が始まってたという。全国の高校で家庭科が男女共修となるのは1994年度からだそうで、京都では教員たちによる自主編纂教材が用いられていたそうだ。
男女共学の様相を資料でどのように見せるか。展示品のなかでは特に運動会の写真が事例として分かりやすい。教室での勉強姿は共学でも別学でもさほど違いはないが、運動会は男女が共同しなければならない場面が多数ある。フォークダンスはその最たるものだろう。手を繋がずに指先だけを結ぶ姿には、この世代でなくても覚えがあるのではないだろうか。公立私立を問わず、京都の高等学校の運動会のトリは仮装行列が定番だったという。1950年、鴨沂高校の仮装行列では、男女の生徒のみならず、教師も仮装させられている。酒飲みという理由で大きな一升瓶に乗せられた先生、源氏物語の登場人物に扮しているのは古文の先生、磔にされたキリストやクレオパトラに扮するは世界史の先生、屋台の親爺の恰好をしているのは「出店」という名前の先生だそうだ。普段の真面目な授業姿の写真と合わせてこれらが展示されているので、余計に可笑しい。私立高校の運動会でも仮装行列は行なわれていた。カトリック系の洛星高校では仏教のお坊さんの仮装、仏教系女子高の光華高校では全員が男装だ。写真からうかがわれる自由な雰囲気は、戦後に生まれたものなのか、京都独特のものなのか、運動会という場だからなのか、本展の主題とは少しずれるが、もう少し知りたいところだ。[新川徳彦]

2016/08/26(金)(SYNK)

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