2018年10月15日号
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artscapeレビュー

大妖怪展 土偶から妖怪ウォッチまで

2016年10月01日号

会期:2016/07/05~2016/08/28

江戸東京博物館[東京都]

妖怪についての展覧会。過去最大級とも言われる128点の作品が一挙に展示された。副題に示されているように、縄文時代の土偶から地獄絵、絵巻物、浮世絵、そして妖怪ウォッチまで、妖怪表現のルーツを体系的に見せた展観である。国宝の《辟邪絵神虫》をはじめ、重要文化財の《百鬼夜行絵巻》、《土蜘蛛草紙絵巻》など、見どころも多い(大阪のあべのハルカス美術館で11月6日まで開催)。
土蜘蛛、骸骨、天狗──。妖怪とは「日本人が古くから抱いてきた、異界への恐れや不安感、また“身近なもの”を慈しむ心が造形化されたもの」である。つまり、どれだけ異形だったとしても、そこには現世とは異なる世界への両義的な感情が託されているわけだ。事実、極端にデフォルメされた妖怪たちのイメージを見ていると、確かに恐ろしい形相に違いはないが、なかには間抜けでユーモラスな印象を残すものも多い。非人間的なイメージでありながら、きわめて人間的な佇まいを感じさせるのだ。おそらく妖怪とは、人間の情動を歪なかたちで写し出した鏡像だったのではないか。
そのようなかたちで人間を表出させる文化装置は、明治以降、急速に社会の前面から撤退してゆく。科学技術とともに人間中心主義的な世界観が大々的に輸入された反面、妖怪は「非科学的」という烙印とともに姿を消していったのである。だが妖怪たちは完全に死滅したわけではなかった。よく知られているように、(本展には含まれていなかったが)漫画家の水木しげるは有象無象の妖怪たちが棲む世界をマンガのなかに構築したが、その手かがりとしたのが本展にも出品されていた烏山石燕である。私たちが今日知る妖怪の典型的なイメージは、烏山石燕による《画図百鬼夜行》などに着想を得た水木しげるのマンガに由来していると言っていいだろう。
しかし、だからこそ本展における《妖怪ウォッチ》に大きな違和感を覚えたことは否定できない事実である。それは、端的に烏山石燕から水木しげるへ受け継がれた系譜とは、まったく無関係に展示されていたからだ。《妖怪ウォッチ》が悪いわけではないが、「大妖怪展」という大風呂敷を広げたのであれば、妖怪のイメージ史に《妖怪ウォッチ》がどのように位置づけられるのかという視点が必要不可欠だったのではないか。例えば先ごろ國學院大學博物館で催された「アイドル展」も、展示の大半は偶像資料だったにもかかわらず、展示の冒頭で現在のアイドルを紹介していたが、その接合の厳密性については、あまりにも配慮が足りなかったと言わざるをえない。言うまでもなく、客寄せ効果を期待できる大衆迎合主義という謗りを免れるには、厳密で精緻な学術性が展示に担保されていなければならない。

2016/08/26(金)(福住廉)

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