2018年07月15日号
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artscapeレビュー

「身体をめぐる商品史」「百貨店と近世の染織」

2017年02月01日号

会期:2016/10/18~2017/12/18

国立歴史民俗博物館[千葉県]

工業化の進展、流通網の発達につれて、私たちの身の回りの商品は変化してきた。商品の変化は、私たちの身体観、生活習慣、美意識に影響し、それらを少しずつ変えてきた。「身体をめぐる商品史」展は20世紀初頭から1980年前後までを対象に、さまざまな商品と身体との関係とその変化を見る企画。展示第1章「百貨店の誕生と身体の商品化」と第2章「流行の創出と『伝統』の発見」では三越を中心に、明治末から大正初めにかけて都市部を中心に台頭した中間層が消費を通じて自己を表現するようになった姿や、百貨店が流行を主導した様子が、引き札、広告、広報誌などの史料で語られる。田中本家博物館(長野県須坂)に残る百貨店の注文書や子供服からは、都市の流行が百貨店の通信販売を通じて地方にまで波及していたことがわかる。琳派のリバイバルに三越が果たした役割は知られているところだが、さらには百貨店の商品が現実の過去とは異なる江戸のイメージをつくりだしたという指摘は興味深い。第3章は「健康観の変遷」。明治初期からお雇い外国人たちが楽しんでいたレジャーやスポーツは、日本の上流層の若者たちへ波及し、学校教育にも取り入れられてゆく。海水浴やスキー、スケート、野球など、レジャーやスポーツのための道具は人々の健康観と一体となって売られていった。第4章は「衛生観の芽生え」。衛生観、清潔さのイメージは、国や地域、時代によって大きく異なっている。ここでは「日本人はきれい好きだった」という思い込みに対して疑問を呈すると同時に、石鹸、歯磨き粉、シャンプーなどの商品、パッケージ、広告によって人々の衛生観が形作られていった様が示されている。第5章は「美容観の変遷」。日に焼けた肌が健康的とされる時代、美白が良いとされる時代、しばしば矛盾する美のイメージ、身体のイメージが、商品とともに消費されていく。「身体をめぐる商品史」というタイトルはやや難解だが、戦後の化粧品メーカーの展開を見れば、商品と広告キャンペーンが人々の身体のイメージ──健康観、衛生観、肉体美──を作りあげ、それが時代によって変遷していったことは一目瞭然だろう。
5つの章のなかで、個人的にもっとも興味深かったのは第4章「衛生観の芽生え」で紹介されている歯磨きとシャンプーの事例だ。幕末開港後に日本を訪れた欧米人は、日本人には歯抜けが多い、味噌っ歯で汚いと述べていることから、歯磨きの習慣が定着していなかったことがうかがわれるという。 大正時代になってからも若年からの虫歯が多く、学校教育を通じて歯磨きの啓蒙運動が行なわれた。しかしながら現実に人々に歯磨きの習慣をつけさせ、歯を衛生的、健康的にしたのは、学校教育ではなく、ライオンや中山太陽堂などの歯磨き粉や歯ブラシ、そしてそれらの広告だった。シャンプーの習慣についても同様で、毎日の洗髪の習慣を可能にしたのは髪や肌を傷めないシャンプーや石鹸の開発であり、フケを不潔なものと人々に印象づけたのもフケを抑える効果を持つシャンプーの広告だった。人々は新しい商品と新しい広告によって従前の自分たちを不潔と定義し、新たな清潔さをこぞって求めたのだ。エイドリアン・フォーティーは、19世紀末から20世紀初頭の欧米において「清潔さの水準を高めるうえでは、商業のほうが衛生論者たち以上の成功をおさめた」と述べているが、ここではまさに同様のことが日本の事例によって示されていることになる。商品史としても、広告史としても、デザイン史として見ても、たいへん興味深い。
企画展第2章「流行の創出と『伝統』の発見」と関連して、第3展示室では大正期に百貨店で開催された展覧会に出品された江戸時代の染織品が取り上げられていた。百貨店は新作を売り出すにあたり、参考品として歴史史料を展示することで製品に歴史的な裏付けがあること、それを身につけることが良い趣味を表すことなのだと顧客に訴えていたのである。[新川徳彦]


展示風景

★──エイドリアン・フォーティー(高島平吾訳)『欲望のオブジェ──デザインと社会 1750年以後』鹿島出版会、2010年8月、232頁。

2016/12/8(木)(SYNK)

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