artscapeレビュー

山縣勉「涅槃の谷」

2017年02月15日号

会期:2016/12/17~2017/02/04

ZEN FOTO GALLERY[東京都]

山縣勉の新作は2011年頃から、秋田県の玉川温泉を撮影したシリーズだった。岩手県と青森県との県境に近いこのあたりには、ラジウムの成分を含む北投石という岩が点在している。山縣は父親の癌の治療法を調べるうちに、この温泉の存在を知り、その地を訪れるようになり、そして湯治客や周囲の風景を撮影するようになった。その成果をまとめたのが今回のZEN FOTO GALLERYでの個展である。
タイトルの「涅槃の谷」というのは、「山を中心に人が点々と横たわっている」光景を見たとき、仏陀と十大弟子が思い思いの恰好で寝そべっている「涅槃図」を思い出したからだという。たしかに、山縣の写真には、生と死との境目にたゆたうような、奇妙な安らぎの境地が写り込んでいるように見える。それは、われわれ日本人にとって、たまらなく懐かしさを感じてしまう眺めでもある。ただ、彼のモノクローム、粗粒子の写真表現のあり方は、日本の写真家たちが積み上げてきた、この種の写真が醸し出す空気感にあまりにも予定調和的にフィットしてしまう。癌の治療効果があるといわれる放射線を発する石というのは、とても面白いテーマなので、もう少しそちらに焦点を絞ったアプローチも考えられそうだ。北投石は台湾でも産出するということなので、そこで撮影するというのもいいかもしれない。ここで終わりにしないで、最終的なプリントワークも含めて、作品全体をもう一度見直して再構築していってほしい。
なお、展覧会にあわせて、ZEN FOTO GALLERYから同名の写真集が刊行された。全部で108枚の写真をおさめたという力作だ。装丁・デザインを含めて、写真をどう見せていくかを熟考し、写真集のかたちに丁寧に落とし込んでいる。

2017/01/21(土)(飯沢耕太郎)

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