2018年01月15日号
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artscapeレビュー

芳木麻里絵「触知の重さ Living room 」

2017年02月15日号

会期:2017/01/17~2017/02/04

SAI GALLERY[大阪府]

芳木麻里絵は、版画(シルクスクリーン)の工程における「版の刷り重ね」がもたらす積層構造を戦略的に活用し、二次元に圧縮された画像(情報)/三次元に出力されたインクの層(物質)とのズレや差異について問題提起を行なう作家である。芳木がモチーフとするのは、レースのカーテン、チョコレートや飴の包み紙、絨毯や布張りのソファなど、「表面」の繊細な陰影や起伏、柔らかな手触りを持ち、触覚性を喚起する質感を持つものだ。作品の制作工程は、以下のような段階的な手順を踏んでいる。1)作家が「質感の気になる手にしたくなったモノ」を写真に撮影し、2)パソコンの画像編集ソフトに取り込み、光の階調に沿って形状を参考にしながら6~8版に分解する。3)アクリル板の上にシルクスクリーンで、1つの版につき数十~百回くらいインクの層を刷り重ねていく。こうして、刷られたモチーフは数mm~1cmほどの立体的な膨らみを獲得し、近寄って斜めから見ると、インクの色ごとの層が地層のように積み重なっていることが分かる。
このように、デジタル化された画像データが、積層構造の出力によって再-物質化されるプロセスは、3Dプリンターによる造形を連想させる。また、「版」という概念は複製性とも結び付く。しかし芳木の作品は、単に「元のかたちの復元・再構築」ではない。1)写真撮影=画像化によっていったん二次元へと置換され、フラットに均質化された表面は、2)版分解の操作において、質感や光沢といった感覚的な差異を増幅され、3)インクの層として多層化・物質化されて再び三次元の世界へ送り返されることで、触知可能なものへと変換される。それは、イメージを原資とし、二次元の画像世界に一方では係留されていながら、物質性を帯びた三次元の世界へとわずかだが確実にせり出している。イメージでも物質でもあると同時に、非物質的なイメージの世界にも実在的な物質の世界にも完全には定位できない。むしろ、芳木の作品が仕掛けるのは、イメージ/物質、二次元/三次元、表面/本質という二項対立の撹乱、両者を完全に弁別することへの疑義である。
それは同時に、「私たちは何にどのようにリアリティを感じるのか」という問いの提出でもある。試しに、写真画像から質感や光沢といった感覚的情報を剥ぎ取ってしまったら、のっぺりと単調になった表面は何も魅力を語らず、私たちの目を惹きつける力を失ってしまうだろう。質感や光沢は、表面に依存する点でそれ自体は自律的存在ではないものの、「繊細できれい」「柔らかくて気持ち良さそう」「つややかで高級感がある」と感じさせるリアリティの在りかを逆説的に支えている。その効果が最も発揮されるのが、印刷物やモニター画面といった二次元の画像の領域だ。芳木作品は、「表面」に現象的に付随する──それゆえ「非実体的」「非本質的」とされる質感や光沢を、物質化=実体化するという矛盾・反転によって、私たちを取り巻く画像の視覚経験のあり方を照射している。
また、本展では、新たな展開として、「空間」「奥行き」に対する意識が見られた。以前の作品では、モチーフをスキャンして得た画像データを元に、一枚のアクリル板の上にインクを刷り重ねていた。一方、本展で発表された新作・近作では、「レースのカーテンのかかった窓辺」を撮影した写真が元になり、支持体のアクリル板が5~6cmほどの厚みのあるボックス型になった。「表面」をなめるように均一に読み取っていくスキャニングの水平的な視線から、「窓にかけられたカーテン」という垂直性への移行。そこには、透明なガラス面を境に、窓の桟の影が示す向こう側の空間と、カーテンの襞の揺らぎが示す手前の空間、といった奥行きや空間的秩序が発生する。インクの物質的な多層化と、手前から奥へと展開する空間的秩序が互いに陥入し合ってせめぎ合う作品は、美しく繊細な見かけの中に、「見ること」の安定した視座を崩壊させる暴力性をも秘めていた。


芳木麻里絵《Untitled(#1~6,8,10)》60.5cm×49cm×厚み 6cm、アクリルボックスの上にシルクスクリーン、2015~2016

2017/01/21(土)(高嶋慈)

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