2018年01月15日号
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artscapeレビュー

岩渕貞太『DISCO』

2017年04月01日号

会期:2017/03/17~2017/03/19

あうるすぽっと[東京都]

JCDN(ジャパン・コンテンポラリー・ダンス・ネットワーク)が主催する「踊りに行くぜ!!」II(セカンド)は、今年度のプログラムで一旦終了するそうだ。全国をコンテンポラリー・ダンスの上演が巡回する「踊りに行くぜ!!」は、これまで振付家を鍛え、地域にダンスを紹介する大きな役割を果たしてきた。今年度は、アオキ裕キ、山下残、黒田育世と並んで岩渕貞太の上演があって、これが凄まじいものだった。タイトルから連想される通り、アップテンポのポップソングが爆音で流されるなか、岩渕がひとりで踊った。これまでの岩渕は、緻密な身体へのアプローチによって生み出される運動に定評があり、その分、方法に忠実でストイックな印象も受けていた。今作では、そうした活動の軌跡を一旦脇に置きそこから距離をとって、まるで皮が破けて剥き出しの岩渕が出現したかのようだった。途中、リミックスの施された『ボレロ』を背景に流しながら、ニジンスキー『牧神の午後』のポーズをゆったりとした動作で決めると(ライブで岩渕を撮影した映像が舞台奥の壁にディスプレイされ、複数の岩渕の姿が群舞を形作っていた)、官能的なエネルギーが岩渕の身体に充填されてゆくようだった。音楽に刺激されて、岩渕の身体が痙攣の波立ちを起こす。すると美しく柔軟な岩渕の身体が異形の怪物に見えてくる。舞台というものが、どんなケッタイなものでも観客の目の前に陳列してしまう貪欲で淫らなものでありうることを、久しぶりに確認できた時間だった。ダンスは「表象」という次元を超えて生々しく、怪物を生み出す。岩渕の「怪物性」はとくに「呼吸」にあった。音楽の合間に低く(録音された)呼吸音が流れた。それと舞台上の岩渕が起こす呼吸の音。呼吸は命の糧を得る行為であるだけではなく、声や叫びのそばで生じているもの。だからか、吐く息吸う息は観客を翻弄し、縛り付け、誘導する。その意味で白眉だったのは、顔を客席に向けた岩渕が何か言いたそうに微妙に口を震わすシーン。声が出ず、しかし、声が出ないことで観客は出ない声の形が知りたくなり、ますます岩渕が放っておけなくなる。魔法のような誘惑性が舞台をかき乱した。さて、岩渕のではない呼吸音は、どこから、誰が発したものなのだろう。結論はないが、二つの呼吸音が響くことで、舞台は重層化し、舞台の読み取りに複数性を与えていた。尻餅をつき、脚が上がると不思議な引力がかかってでんぐり返ししてしまうところや、とくに四つん這いの獣になって徘徊するところは、故室伏鴻の踊りを連想させられた。「踊りに行くぜ!!」のプログラムとしては、ほかに路上生活経験者との踊りを東池袋中央公園で見せたアオキ裕キ、力のこもった美意識をみっちりと詰め込んで「鳥」をモチーフにして踊った黒田育世、「伝承」をテーマに師匠から振り付けを伝授される人間の戸惑いをコミカルに描いた山下残の上演があった。どれも、わがままで強引な振付家の意志が舞台に漲っており、舞台芸術としてのダンスの異質性を再確認されられる力強い作品だった。ダンスってヘンタイ的でキミョーなものなのだ。そうだった。

2017/03/18(土)(木村覚)

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