2018年06月15日号
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artscapeレビュー

アドルフ・ヴェルフリ 二萬五千頁の王国

2017年06月01日号

会期:2017/04/29~2017/06/18

東京ステーションギャラリー[東京都]

ジャン・デュビュッフェがアロイーズと並ぶアール・ブリュットの双璧として高く評価したアドルフ・ヴェルフリの回顧展。日本でこれほどまとまったかたちで作品が紹介されるのは本展が初めてだという。ヴェルフリは生涯の大半を精神病院で過ごしながら絵を描き続けたが、本展ではそのうちの74点が一挙に展示されている。
よく知られているように、ヴェルフリの絵画は空想的な物語と一体である。理想的な王国ないしは冒険譚から、あのように緻密な線と音符が複雑に交錯した独自の絵画空間を生み出している。その余白を埋め尽くすほど執拗な執着心を体感できる点が、本展の醍醐味である。
だがその一方、作画に関して言えば、前期と後期とで大きな質的な差異を痛感させられた点は否定できない。前期、すなわち1904年から1905年にかけて制作されたドローイングは、モノクロームを基本にしながら、まだ文字や音符が大々的に出現することはなく、空間の隅々を数々の記号で埋め尽くす執着心がすさまじい。それに対して色彩が導入され、文字や音符が出現したばかりか雑誌写真の切り抜きをコラージュした後期の作品は、その執着心がやや薄まっているように見えた。あるいは文字の羅列が示す物語の展開や色彩の配色の方に関心が移っていたのかもしれない。だが、アール・ブリュットないしはアウトサイダー・アートとしてのヴェルフリの魅力は、前期に見られたような空間を充填せざるをえない強迫観念にこそ凝縮していたのではなかったか。
その前期の作品をよく見ると、様式化された記号表現の連続のなかに人の顔が挟み込まれていることに気づく。濃い眉毛と髭をたくわえているから、あるいはヴェルフリ本人なのかもしれない。だが重要なのは、それらの顔が適切な居場所を与えられているように見えるという点である。世界の中心に自分がいるというわけではなく、世界の隅々に自分がいるべき居場所を確保すること。複雑でダイナミックに動いてゆく現実世界にあって、その還流のはざまで息継ぎをできる安全な居場所を見つけること。それらをしっかりと線で縁取ることによって自分が安息できる居場所を確実に構築すること。ヴェルフリを診断した医師は「空想の無秩序」という言葉で彼を解説しているが、少なくとも初期のヴェルフリが取り組んでいたのは、むしろそのような意味での「空想の秩序」だったのではないか。既存の世界秩序とは切り離されつつも、絵画空間の中で独自の世界秩序を構築する。その類まれな「秩序への意志」こそが、ヴェルフリの核心的な魅力である。

2017/05/02(火)(福住廉)

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