artscapeレビュー

ますたにゆたか「さんぽのとちう」

2017年09月15日号

会期:2017/08/01~2017/08/26

ふげん社[東京都]

1967年、東京生まれのますたにゆたかは、やや特異な出自の持ち主である。本人はあまり触れられたくないのかもしれないが、祖父は植田正治で、彼はその長女の和子さんの子息になる。いまは植田正治写真事務所の責任者として、展覧会や写真集出版の企画にもかかわっている。中学生のころ、「オリンパスOM-2nを祖父からもらい」、撮影・プリントした写真を見せて「褒められてまた、少しいい気に」なったという思い出を持つ彼は、しばらく写真からは離れていたが、2011年ごろから「モノクロ写真を再開」した。今回は昨年に続く2度目の個展で、フランス各地を「思い向くまま、気の向くまま」に撮影したモノクロームのスナップショット、23点展示されていた。
彼が植田正治の孫だと知っていると、どうしてもお互いの作品を比較したくなってしまう。特に今回はフランスで撮影された写真が並んでいるので、植田正治が1972、73年のヨーロッパ旅行の成果をまとめた名作写真集『植田正治小旅行写真帖 音のない記憶』(日本カメラ社)がすぐに頭に浮かぶ。たしかに、ますたにと植田正治の写真はよく似ている。端正な造形感覚、的確なフレーミング、巧みな間の取り方、犬、猫、看板、オブジェなど街の片隅の「小さな」存在に向ける視線のあり方など、祖父から孫へと受け継がれたものは多い。何よりも被写体をネガティブに突き放すことなく、柔らかに受け止め、品よく画面におさめていくあり方は、ほぼ同質といってよい。ただ、そのことをあまり強く意識しすぎないほうがいいだろう。独自性を性急に求めると、彼本来ののびやかな撮り方ができなくなってしまうからだ。「植田正治らしさ」をうまく取り込みながら、楽しみつつ自分の写真の世界をつくっていけばいいのではないだろうか。その片鱗は、DMに使われた、列車の窓に顔を寄せた少女のクローズアップにすでにあらわれてきている。ちょっとミステリアスな気配を感じさせる、そんな写真をもう少し見てみたい。

2017/08/02(水)(飯沢耕太郎)

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