2017年10月15日号
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artscapeレビュー

生命の表現力 山下清とその仲間たちの作品展

2017年10月01日号

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会期:2017/09/02~2017/10/02

川崎市市民ミュージアム[神奈川県]

1928年(昭和3年)に開園し、来年には創立90年を迎える知的発達障害児入園施設「八幡学園」(千葉県市川市)。 その指導の下で何人もの入園者が美術の才能を開花させた。この展覧会ではその代表的な人物である山下清(1922-71)と、山下より年下ではあるが夭折した3人の仲間たち─石川謙二(1926-52)、沼祐一(1925-43)、野田重博(1925-45)─が残した作品が紹介されている。恥ずかしながら、筆者は山下清をはじめ、八幡学園の人々の作品を実見するのははじめて。そしてこれまで見る機会を逃していたこと、映像や印刷で見る素朴な作品をなんとなく敬遠していたことを後悔した。八幡学園の人々が制作した貼り絵、とくに山下清のそれは、単にちぎった色紙で色面をつくっているだけではない。とても立体的なのだ。たとえば、山下清が16歳のときの作品《汽車》(1938年/昭和11年)には貨車を引く蒸気機関車が行き交う様が描かれているのだが、色紙で埋め尽くされた地面の上に何本もの線路が貼られ、その上に汽車や貨車が貼られ、作業に従事する車夫らが貼られ、画面の下、一番手前には、わずかに姿が見える電車の屋根とパンタグラフ、そして細い架線が貼られている。山下清はこれらの作品をその場では描かず、学園に戻ってから記憶だけで描いたと言われるが、彼の記憶が平面的なものではなく、空間を立体的に把握していただろうということが作品からうかがわれる。映像や印刷では伝わりづらいこの立体感の存在を、筆者はこれまでまったく知らなかった。本展をみて、描写力だけではない山下清の作品の魅力がようやく理解できたように思う。
八幡学園には山下清の他にも豊かな美術的才能を持った人々がいた。かつて住んでいた浅草の情景などをクレパスやクレヨンで描いた石川謙二、山下清とは異なりタイルを貼るように平面的に色面を埋めた貼り絵を残した沼祐一、優れたデッサン力がうかがわれる野田重博のクレパス画。山下清より知的障害が重く、山下清よりもずっと若くして亡くなった彼らが、山下ほどの人生を生きることができれば、その間にどれほど多くの作品を残すことができただろうか。さらには、学園にはこの4人以外にも美術的才能をもつ人々がいたと聞く。八幡学園には彼らの才能を開花させる優れた教育があった。そうした教育の中には、ミシン、縫製、園芸、木工、養鶏など、社会復帰を目指すための実科作業もあった。縫いものが得意な人もいただろう。動物の世話が得意な人もいただろう。その中で絵画作品は残り、作者の名前が記憶されている。しかし私たちは美術以外で才能を発揮していたであろう人々の存在もまた忘れるわけにはいかない。[新川徳彦]

2017/9/2(土)(SYNK)

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