2018年01月15日号
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artscapeレビュー

新・今日の作家展2017 キオクのかたち/キロクのかたち 小森はるか+瀬尾夏美《声の辿り『二重のまち』》、是恒さくら《ありふれたくじら》、久保ガエタン《その生き物は全ての生き物の中で最も姿を変える》

2017年11月15日号

会期:2017/09/22~2017/10/09

横浜市民ギャラリー[神奈川県]

他者の記憶を拾い集めて再 物語化し、「語り」という身体的営みやテクストを通して共有すること。個人的記憶の収集とその複層的な重なり合いを通して、大文字の歴史化へのオルタナティブを探ること。あるいは、「歴史の表象空間」という政治的な場への抵抗を示すこと。そうした「記憶」の継承や「記録」する行為それ自体への問いを扱う作家4組のグループ展。小森はるか+瀬尾夏美、是恒さくら、久保ガエタンについての前編と、笹岡啓子についての後編に分けて記述する。

小森はるか+瀬尾夏美は、東日本大震災を契機に陸前高田に移住し、現在は仙台を拠点とするユニット。住民への聞き取りを元に、人々の記憶を内在化させた土地の風景への眼差しを映像、絵画、テクストといった複数の媒体で表現している。出品作《声の辿り『二重のまち』》は、「2031年」の想像上の陸前高田を舞台にした小説『二重のまち』を、地元住民たちが朗読し、現在の風景とともに記録した映像作品である(この小説は、砂連尾理の演出作品『猿とモルターレ』の2017年大阪公演でも朗読され、重要な役割を担っていた)。『二重のまち』では、4つの季節のシーンが、それぞれ別の主人公による一人称視点で語られる。新しい土地の上の町/地底に眠る町、記憶の中の「故郷」への想い/人工的な風景を「故郷」として育つ子供たち。そうした未来の視点からの「2031年」の物語が、更地に生い茂る植物や、山を切り崩し「盛り土」工事を行なうクレーン車といった「震災後の現在の光景」を前に語られることで、時制のレイヤーが折り重なった奇妙な感覚を生む。ここは未来か、過去か、現在か。これは誰の記憶なのか。また、「一人称の語り手」と「朗読者」との年齢や性別の差異や不一致も巧妙に仕掛けられる。例えば、「少年の僕」の語りを女性が朗読し、一人の語りが複数人で分割して語られることで、「語り」の主体が曖昧に分裂して多重化し、いつかどこかで遠い誰かの身に起きた出来事を「民話」や「寓話」のように語り継ぐ光景のように思えてくる(あるいはそうなってほしいという願いが顕現する)。


展示風景 左:小森はるか+瀬尾夏美《にじむ風景/声の辿り》 右:是恒さくら《ありふれたくじら》 Photo: Ken KATO

また、是恒さくらは、アラスカや東北、和歌山など捕鯨文化の残る土地を訪ね、鯨にまつわる個人の体験談を聞き取り、リトルプレス(冊子)と刺繍として作品化。国同士の反発の要因ともなる「捕鯨」を、むしろ国や言語という境界線を超えて、異文化間の価値共有の可能性を探るための文化として提示する。

久保ガエタンは、母の出身地である仏ボルドーで19世紀に造られた軍艦が、アメリカを経て幕末の日本に渡り、最終的に解体されて発電機に再利用されたという史実を軸に、「変身」「再生」にまつわるさまざまなエピソードを織り交ぜ、自伝的要素と歴史や神話が入り交じるグラフィカルな「物語」を提示した。

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