2017年12月15日号
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更紗のきもの

2017年12月01日号

会期:2017/10/03~2017/11/21

文化学園服飾博物館[東京都]

「更紗」とはインドを起源とする染物の総称。いつ頃から始まったのかは定かではないが、13世紀には大量生産が可能なほど、技術は発達していたという。技法としては手描きもあれば、プリントもある。染められる布は主に綿だが、絹や化繊もある。11-12世紀にはジャワ、そして17世紀以降にはヨーロッパ、日本でも江戸時代に作られるようになり、それぞれジャワ更紗、オランダ更紗、和更紗などと呼ばれている。染め方も素材も地域もさまざまとなると他の染色と何が違うのか、何が「更紗」なのかよく分からなくなるが、ブリタニカ百科事典には「人物、鳥獣、植物などの種々の模様を捺染」とあり、漠然と文様のありかたによって区別されるようだ。
展示はインド更紗から始まり、それが交易品として世界に広がり、世界各地の染織に影響を与え、模倣品を生み出した様子、そして明治から昭和初期の日本における更紗が紹介されている。インド更紗が交易品として各地で珍重された理由は、化学染料がなかった時代に、藍や茜を主体とした鮮やかな色彩の染色を他の地域ではできなかったからだ。ヨーロッパ各地では、インド更紗の輸入増大が貿易に不均衡をもたらし、輸入の制限、模倣と自国における生産が模索される。結果的にイギリスにおいて綿工業が産業革命の原動力のひとつとなったことはいうまでもない。アジアでは手仕事による模倣が行なわれたが、ヨーロッパでは染色工程には銅版プリントやシリンダーを用いた連続生産が導入された。日本に更紗がもたらされたのは16-17世紀(室町時代末~江戸時代)。南蛮貿易によってもたらされた文様染め木綿布が更紗と総称されたという。船載品はインド製のみならず、江戸時代後期にはヨーロッパ製のプリント綿布も輸入される。他方で江戸時代初期には日本でも輸入更紗を模倣した和更紗の製作が始まるが、輸入品のような鮮やかな色彩のものはつくることができなかったため、輸入品は変わらず珍重された。明治時代になると身分制による衣服の制限がなくなった。世界各地の文様が染色に取り入れるなかで更紗文様にも注目が集まり、明治から昭和初期にかけて更紗文様の図版集が相次いで出版された。『更紗圖案百題』(高橋白扇編、岸版画印刷所、1926年/大正15年)には、古渡り風の更紗、和風の文様の他に、ヨーロッパ、オリエント、アンデスなど世界各地の文様が収録されており、さまざまな文様が「更紗」と呼ばれ参照されていたことを示している。
展示品のなかでも印象的な逸品は三井家旧蔵「更紗切継ぎ杜若文様小袖」(江戸時代後期)。小袖の肩、裾、衽に17世紀から19世紀初めまでのものと考えられるインド製の22種類の更紗が継ぎ合わされている。古渡り更紗は小さな裂で家が買えるほどの価格であったと聞く。更紗に加えて胴には杜若(かきつばた)を手描きと刺繍で表したこの小袖は、どれほど高価なものであっただろうか。[新川徳彦]


展示風景

公式サイト:http://museum.bunka.ac.jp/exhibition/

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