2017年12月15日号
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artscapeレビュー

THE ドラえもん展 TOKYO 2017

2017年12月01日号

会期:2017/11/01~2018/01/08

森アーツセンターギャラリー[東京都]

ドラえもんとは、言うまでもなく日本の大衆文化を代表するアイコン。他の主要な登場人物も含めて、これほどあらゆる世代に知られ、親しまれ、愛されているキャラクターは他に類例がないのではないか。逆に言えば、にもかかわらず、ポップ・アートのなかにそれほど回収されていないのが不思議である。
本展はドラえもんをテーマにした企画展。「あなたのドラえもんをつくってください」という依頼に応えた28組のアーティストによる作品が展示された。著作権の問題をクリアしているからだろうか、それぞれのアーティストが思う存分ドラえもんと対峙しながら制作した作品は、いずれもすがすがしい。
ドラえもんという記号表現を自分の作品に有機的に統合すること。おそらく、本展のように強いテーマ性をもった企画展を評価する基準は、そのように与えられた外部要因と自分の内側にある内部要因との整合性にあるように思う。その縫合がうまくいけば作品として成立するし、失敗すれば破綻する。じつに明快な基準である。
例えば村上隆は、これまでマンガやアニメーションの記号表現や文法を巧みに回収してきたせいか、そうした有機的な統合をじつにスマートに成し遂げてみせた。背景をマットな質感で、キャラクターを光沢のある質感で、それぞれ描き分けるなど、いつもながらに芸が細かい。近年は牛皮を支持体にして大規模な絵画を手がけている鴻池朋子も、藤子・F・不二雄の丸みを帯びた描線を牛皮に取り入れることに成功している。全裸のしずかちゃんが双頭のオオカミの口に咥えられて連れ去られてゆく光景は、脳裏に焼きつくほど、じつにおそろしい。村上も鴻池も、ドラえもんを取り込みつつ、それに呑まれることなく、自分の作品として完成させていた。
とりわけ群を抜いているのが、しりあがり寿である。そのアニメーション映像は、「劣化」というキーワードによって、ドラえもんと自分の絵をシームレスに統合したものだからだ。自分の絵をドラえもんに合わせるのではなく、ドラえもんを強引に自分の絵に取り込むわけでもなく、コンセプトを設定することで双方を有機的に媒介してみせた手並みが、じつに鮮やかである。自虐的に見えるようでいて、「劣化」に一喜一憂する現代社会を笑い飛ばす批評性もある。しりあがりの作品こそ、現代美術のもっとも核心的な作品として評価すべきではないか。

2017/11/13(月)(福住廉)

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