artscapeレビュー

《星のや 軽井沢》

2018年06月15日号

[長野県]

およそ10年前の冬、日本建築大賞の現地審査で《星のや 軽井沢》を訪れたとき、システム上は仕方ないのだが、昼に2時間ほど滞在するだけでは、魅力が十分にわからないと感じ、いつか泊まってみようと思い、それがようやく実現した。むろん、劇場建築も、そこで実際に音楽や演劇を鑑賞する体験なしに、空っぽのホールを見るだけでは物足りない。一方で美術館は、視覚中心の施設ゆえに、日中に2時間も滞在すれば、おおむね事足りる(それでも、季節や日時によって変化する光の状態はすべてチェックできない)。こうなると、住宅の場合は暮らしてみないとわからないという話になり、それはさすがに無理だが、宿泊施設はそもそも一時的な滞在を前提にしている。ましてや星のやは、ビジネスホテルと違い、飲食を含めて贅沢な時間を過ごすという体験を提供することが目的だ。さすがにいい値段だったが、リピーターがいるだろうと思わせる、それに見あう内容である。

ここで朝を迎えたら素晴らしいだろうという印象をもっていたので、水辺の部屋を選んだが、新緑の季節に朝昼晩を過ごす体験は格別だった。《星のや軽井沢》は、部屋を集積したホテルではなく、集落をイメージした分棟の形式を特徴とし、豊かな地形にあわせて、路地があったり、山側だったり、いくつかの個性的なエリアに分かれているが、とりわけ池を囲む空間は小世界をかたちづくり、集落らしさを強く感じる。全体としては、いったん自動車からのアクセスを遮断してから展開するランドスケープと建築の融合が絶妙だった。前者はオンサイト計画設計事務所、後者は東利恵が担当している。したがって、敷地を散策する楽しみが増幅し、建築だけでは到達できない空間の体験をもたらす。それなりに時間がかかるので、2泊が推奨されている意味もよくわかった。完全に人工的なテーマパークではなく、軽井沢の自然と地形を活かしながら、巧みにつくりこまれたことが最大の魅力だろう。




2018/05/18(金)(五十嵐太郎)

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