artscapeレビュー

千葉桜洋「指先の羅針盤」

2018年06月15日号

会期:2018/05/23~2018/05/29

銀座ニコンサロン[東京都]

千葉桜洋は1966年、アメリカ・ニューヨーク州生まれ。11カ月の時に罹った流行性耳下腺炎のために聴覚障害者になった。高校の時、登山とともに写真を撮影し始め、2014年から渡部さとるの「ワークショップ2B」を受講して、本格的に写真作品を制作するようになる。今回の銀座ニコンサロンでの個展のテーマは、17歳になる彼の息子とその周囲の光景である。

「家の周り、人混み、旅先、息子はいつも突然立ち止まる」。自閉症で、コミュニケーションに障害がある息子は、自分の世界の中で生きていて、家族はその行動に振り回されることが多い。だが、いつでも6×7判の写真機を持ち歩いて撮影することで、息子とのあいだに新たな関係が生まれつつあるようだ。今回の展示では、折に触れて撮影されたモノクロームの写真群が、淡々と並んでいた。タイトルの「指先の羅針盤」が示すように、息子はよく指先で何かを探るような動きをしている。「指先をカクカクと動かし、じっと横目で焦点を合わせ、そろりと歩き出す。脳内で絞りやアングル、ズームを自在に駆使しているかのようである」。千葉桜は、彼のそんな動作や視線の行方に神経を集中させてシャッターを切る。そこには穏やかで、細やかな感情の交流が表われていて、見る者の気持ちを解きほぐしていく。息子を中心として、「巡礼のように」歩き回っている一家の姿から、新たな家族写真の形が見えてくるようにも感じた。

展覧会にあわせて、写真家の森下大輔が主宰するasterisk booksから、丁寧に編集された同名の写真集が刊行された。なお、本展は6月21日~27日に大阪ニコンサロンに巡回する。

2018/05/26(土)(飯沢耕太郎)

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