artscapeレビュー

M&Oplaysプロデュース『市ヶ尾の坂──伝説の虹の三兄弟』

2018年07月01日号

会期:2018/05/17~2018/06/03

本多劇場[東京都]

竹中直人の会による初演から26年、描かれる物語はすでに失われた風景のなかにある。1992年、田園都市計画で変わりゆく市ヶ尾。和洋折衷の一軒家に住む三兄弟(大森南朋、三浦貴大、森優作)は近所に住む美しい人妻・カオル(麻生久美子)を慕っていて、ことあるごとに家に上げてはよもやま話に花を咲かせている。カオルの夫の朝倉(岩松了)や家政婦の安藤(池津祥子)までもがたびたび訪れるうち、それぞれが抱える事情や欲望が見え隠れし──。

岩松了の作品はしばしば「嘘」のモチーフによって貫かれている。偽りの関係と言ってもよい。あるいは手に入らぬものの代理。三兄弟のカオルへの思慕は恋情と今は亡き母への思いとがない交ぜになったものだ。だからこそ三兄弟の振る舞いは奇妙に子供っぽい。そこにカオルの子への思いが絡み合う。5歳になる義理の息子・ヒロシとうまく関係が結べないカオルもまた欠落を抱えている。

冒頭で語られる柿の実とヘタのエピソードは示唆的だ。ヘタに隠れるくらいに小さかった実は、気がつけばヘタよりも大きくなってしまっている。親子が互いに対等に思いを交わす瞬間は訪れない。三兄弟とカオルとの関係が危うくも魅力的なのは、本当の親子としては得られない対等な愛の交流の瞬間をそこに見てしまうからだ。それは当然、近親相姦的な欲望に近づくことにもなる。

物語の終盤、カオルがついたひとつの嘘が明らかになる。三兄弟は動揺し、誤って彼女にお茶をかけてしまうが、彼女はなお嘘をつき通そうとする。ヒロシと最後によい思い出ができたというその嘘を、あったことにしようとするように。それは三男・学の願いでもあった。

三兄弟の亡き母の浴衣に着替え、2階から降りてくるカオル。彼女の足が見えたかと思うと明かりは消え、舞台は終わる。その瞬間、三兄弟は嘘と知りながら、そこに確かに母の姿を見ただろう。嘘が見せる幻は、しかし現実にはあり得ないからこそハッとするほど美しい。

公式ページ:http://mo-plays.com/ichigao/

2018/06/02(山﨑健太)

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