2018年12月01日号
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artscapeレビュー

小瀬村真美:幻画~像(イメージ)の表皮

2018年08月01日号

会期:2018/06/16~2018/09/02

原美術館[東京都]

絵画にはジャンルのヒエラルキーがあって、エライ順に、物語画、肖像画、風俗画、風景画、静物画となる。なぜそうなるかというと、簡単にいえば人間が描かれているからという西洋のヒューマニズム思想による。とくに物語画はたくさんの人物が出てきてなにかドラマを演じるので、いちばんエラい。別の見方をすると、主題や対象が動的であるほど絵画のヒエラルキーが高くなるといえるかもしれない。物語画は登場人物がなにかを物語るもっとも劇的なシーンを再構築しなければならないから、描くほうも見るほうも高度な技術が必要とされるのに対して、静物画は動かないモノが相手なので比較的楽だ。そんなことも階層づけに関与しているだろう。

小瀬村は、そんな最下位の静物画を「動かす」ことで、物語画の地位に高めようとしているようにも見える。初期の映像作品《薇》は、卓上の果物を数カ月かけてコマ撮りし、アニメーションの手法で動かしたもの。果物が徐々にしおれて腐っていく様子が、10分ほどの映像に収められている。静物も長い目で見れば動いて(変化して)いくのだ。これと対をなすのが《エピソードⅢ》という映像。《薇》と同じくアニメの手法でつくられたものだが、こちらは人物が寝息をたてながら寝ているあいだに花は枯れ、壁にはシミが浮かび上がり、やがて剥落し始める。写真創成期のイポリット・バヤールによるポートレートに触発されたもので、たぶん「スリーピング・ビューティー(眠れる森の美女)」も入っているに違いない。人物だけが動かず、周囲の静物や風景のほうが変化していくという反転した世界だ。

ほかにも、切り花がしおれていく過程を静止画(写真)で撮ったり、初期ルネサンスの横顔の肖像画の目や口を動かしたり、静物の卓上にモノを落として配置を壊していく様子をスロー映像で捉えるなど、絵画・写真・映像のあいだでさまざまな試みをしているが、上記の初期2作品にすべてが凝縮されているように思える。また、撮影に使ったセットや小道具なども公開しているが、いらないんじゃね?

2018/06/15(村田真)

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