2018年12月01日号
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artscapeレビュー

ゴードン・マッタ=クラーク展

2018年08月01日号

会期:2018/06/19~2018/09/17

東京国立近代美術館[東京都]

ゴードン・マッタ=クラークというと、パリの建物を円錐形にくり抜いた《円錐の交差》が知られている。ちょうどポンピドゥー・センターが建設中だったときで、再開発で取り壊される前の建物を使ったのだ。ほかにも、建物を真っ二つに切断した《スプリッティング》、ゴミを固めて壁をつくる《ごみの壁》、当時流行り始めたグラフィティを撮影して着色した《グラフィティ・フォトグリフス》、食を通じて交流を目指す《フード》など、すでに70年代に先駆的な活動を展開。その後のサイト・スペシフィックなインスタレーションやストリート・アートやコミュニティ・アートやソーシャリー・エンゲイジド・アートなどに道を開いたといっても過言ではない。意識したかしないかに関わらず、川俣正もPHスタジオも殿敷侃も中村政人もChim↑Pomもその影響圏内にあるのだ。

でもそのわりに知られてないのは、彼の作品がモノとして残らないこと、そして、78年にわずか35歳で病死したからだ。亡くなる前に、自分は有名じゃないから作品はすべて処分してくれと遺言したらしいが、遺族は処分しなかった。もし処分していたらその後の美術の流れは変わっていたかもしれないし、こんな極東の国立美術館で紹介されることなどありえなかっただろう。とはいえ、残されたものはスケッチや記録写真、ビデオ映像、使用した建築の断片などで、いかにも作品然としたものはほとんどない。今回の回顧展では、仮設壁を立てたり鉄パイプを組んだりフェンスを張ったりしたなかに、こうした記録や作品の断片をいかにも雑然とした感じで並べていた。まるで「工事中」で、マッタ=クラークにはまったくふさわしい。

そもそも都市を舞台にした活動を美術館で見せることを、マッタ=クラークは望んだだろうか。望んでいなかったから遺品を処分してくれと頼んだのではないか。そこは矛盾しているが、矛盾を抱えていたほうが展覧会としては刺激的になる。だいたい都市と美術の関係なんて矛盾しているし、それ以前に美術館の存在自体、矛盾の固まりではなかったか。みたいな、自爆的な展覧会。

2018/06/18(村田真)

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