2018年10月15日号
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artscapeレビュー

大地の芸術祭 越後妻有アートトリエンナーレ2018

2018年09月01日号

会期:2018/07/29~2018/09/17

大地の芸術祭 越後妻有アートトリエンナーレ[新潟県]

〈8月7日〉

BankART妻有「桐山の家」で4泊5日の合宿(ぼくは1日早く帰京)。朝8時に東京駅前で待ち合わせ、横浜からの車に同乗し、十日町に着いたのが12時前。小嶋屋でへぎそばをたぐって、さっそく見学。今回は新作が約170点で、旧作を合わせると約380点という。新作を中心に見ていこう。まず川西エリアに入ると、道端に自動車が片側の2輪だけで斜めに立っている。トルコのアーメット・オーグットによる《カードリフターズ》。アラブではこのようにドリフト走行しながら車体から身を乗り出す危険な遊びが流行しているらしく、しかもその大半が日本車ということで制作したそうだ。でも道路に設置するわけにいかず、かといって更地ではリアリティがなかったのだろう、わざわざ更地にアスファルトの道をつくった上に展示するという手の込みよう。のどかな里山にアラブのドリフト車というミスマッチが哀しげだ。


写真左:目《Repetition objects》 写真右:レアンドロ・エルリッヒ《Palimpsest》[撮影:筆者、以下同じ]

十日町エリアの利雪親雪総合センターの2階では、タイのアリン・ルンジャーンによる映像《米》を上映。タイと日本の米農家を撮ったもので、産地により異なる米文化に思いを馳せるにはいいかもしれないが、こういうあわただしいツアーでのんびりした映像を見せられるとイライラする。妻有田中文男文庫の2階に上がると、巨大な水墨画が目に入る。中国のシュー・ビンによる《裏側の物語》で、背後に回るとその水墨画を構成している「舞台裏」が暴露される仕掛け。越後妻有とは縁もゆかりもない山水図だが、《米》と違って単純に楽しめるし、思わず笑ってしまう。JR魚沼中条駅前には大きな岩が2つ並んでいて、色もかたちも大きさもまるで同じ。目による《Repetitive objects》、直訳すると「繰り返す物体」だ。なるほどよくできていて、どちらがホンモノだろう? どっちもニセモノ? と議論が起きる。でも前回の「コインランドリー」に比べれば、ただ見るだけなので、驚きは小さい。

最後は芸術祭のインフォメーションセンターでもあるキナーレへ。回廊に囲まれた中央の池には、レアンドロ・エルリッヒによる《Palimpsest》がある。周囲の建物を撮影した写真を鏡像として池の底に貼ったもので、2階のある1点から見たときだけパースが実像と一致する仕掛け。そのとき池の底の鏡像と池に映った鏡像も一致するはず。タイトルの「パリンプセスト」とは羊皮紙に書かれた文字を消して別の内容を上書きした写本のことで、ここでは池に映った鏡像に写真の鏡像が上書きされるという見立てだ。でも天気や風向きにより見え方が左右されるし、しょせんトリックなのでなにか感動が残るというわけでもない。その池を囲む回廊には《2018年の〈方丈記私記〉》と称して、約30組の建築家やアーティストが4畳半の空間に飲食店、書斎、ギャラリー、人生相談室などを提案。それぞれ趣向を凝らしているし、これをシャッター街化する商店街に適用していく計画もあるようだが、こうして並べてみると芸術祭の作品というより、なんだか学園祭の模擬店みたいでちょっとアレですね。


〈8月8日〉

午前中に講座を終えて、午後から松代・松之山エリアへ。松代駅前の雪国農耕文化村センター「農舞台」はすっかりリニューアルされ、アボリジニの音楽を紹介する「イダキ:ディジュリドゥ、オーストラリア大地の音」展を開催。それはそれで貴重なものかもしれないが、わざわざこの時期にここでやるものか? 商店街の倉庫でやっていた金氏徹平の《SF(Summer Fiction)》は、夏のあいだ使われない除雪車を利用し、ミラーボールや音を組み合わせて別世界のようなインスタレーションを現出させていた。これはなかなか迫力があり、見ごたえがある。芸術祭の期間中は見られない越後妻有の冬の一面をのぞき見てしまった奇妙な感じ。

空家を改装した中国ハウスのウー・ケンアンによる《五百筆》も力作。室内の壁のほとんどをカラフルな書で覆ってしまっている。日本と中国で行ったワークショップの参加者が書いた書を、筆跡に沿って切り抜いてコラージュしたもの。金がかかってないわりに(テマヒマはかかってそうだが)視覚的効果は抜群。廃校を再利用したクリスチャン・ボルタンスキーの《最後の教室》は、人気が高いせいかマイナーチェンジが施された上、入り口の2階に部屋を増設し、新作《影の劇場》を追加している。ボルタンスキーの代表作のひとつ「影絵」だが、《最後の教室》を見た後では弱々しく、屋上屋を架した印象は否めない。


写真左:金氏徹平《SF(Summer Fiction)》 写真右:マ・ヤンソン/MADアーキテクツ《ライトケーブ》


〈8月9日〉

今日は南のほうの中里・津南エリアへ。まずは日本三大峡谷のひとつ、清津峡を舞台にしたマ・ヤンソン/MADアーキテクツの《ライトケーブ》。清津峡には絶景を眺めるために全長750メートルのトンネルが掘られているが、その突き当たりのパノラマステーションにプールをつくり、水面に渓谷の反転像を映し出すと同時に、トンネルが円形に見えるようにしつらえている。渓谷の絶景に負うところ大のインスタレーションだが、観光協会もよくやらせてくれたもんだ。作品とは関係ないけど、トンネルの途中の見晴らし所では川は右から左に流れていたのに、パノラマステーションでは右手前から左にではなく、奥に流れていること。いったい川の流れはどこでどう曲がっているのか不思議に思ったが、川が曲がっているのではなくトンネルが最後に左に急カーブしていたのだ。

津南まで下って繊維工場の廃墟に入ると、サイズの異なる白い球が何千個も宙に浮いている。ダミアン・オルテガの《ワープクラウド》で、糸で吊るして3次元に球を配列したもの。よくがんばりました。山のほうの登り窯を美術館に見立てた蔡國強の《ドラゴン現代美術館》では、毎回ほかのアーティストを招いて個展を開催しているが、今回は中国のワン・スースゥンによる《幸福の花》。登り窯の上や周囲に黄色い花をつける植物を植えたもので、窯全体が黄色に包まれるはずだったが、残念ながらまばらにしか咲かず、ただ雑草に覆われているだけにしか見えない。しかもこの黄色い花、中国では「幸福の花」かもしれないが、日本では悪名高い外来種のセイタカアワダチソウを連想させるのだ。いっそ黄色いハンカチにしたらよかったのに。


〈8月10日〉

4日目は再び松代界隈と川西・十日町で見落としていた新作をつぶしていく。まず立ち寄ったのが、豊福亮による《黄金の遊戯場》。民家1軒の内部を丸ごと使ったインスタレーション。名画の模写、安っぽい掛軸、シャンデリア、金色に塗った彫像、マージャン牌などで壁がびっしり埋め尽くされ、「装飾過剰」という言葉をそのまま立体化したようなキッチュな空間を現出させている。越後妻有らしくないし、かといって都会的でもない、あえていえば香港世界(笑)。素朴な民家の扉1枚を隔てた向こうに、まさかこんな異世界が広がっているとは! 今年のベスト1だ。川西の山ぞいの高倉集落の小学校体育館では、力五山による《十日町高倉博物館―還るところ―》が展示されている。古い農具や民具を集めて積み上げたインスタレーションで、見ているとところどころに明かりが灯り始め、地元の人たちの語りが聞こえてくる。これぞ越後妻有スペシフィックな、大地の芸術祭ならではのインスタレーション+パフォーマンス。


写真左:豊福亮《黄金の遊戯場》 写真右:力五山《十日町高倉博物館—還るところ—》

川西の千手神社の裏庭で、20年ほど前まで行われていた奉納相撲の土俵を独自に再現した国松希根太の《記憶の痕跡と明日の杜》や、十日町の溜め池に社を乗せた船を浮かべ、岸から桟橋を渡した深澤孝史の《月待ヶ池》は、どちらも地元の文化遺産を活用しているものの、視覚的インパクトに欠けた。この芸術祭の作品を大別すると、こうした屋外インスタレーションと、豊福や力五山のような廃屋などを利用した屋内インスタレーションに分けられるが、総じて屋内作品のほうに佳作が多いのは、やはり空間的に好条件がそろっているからだろうか。「大地の芸術祭」という名称からイメージするのは野外インスタレーションだが、いまや民家や廃屋(の作品)を訪ね歩く芸術祭として定着したようだ。

2018/08/10(村田真)

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