2018年12月15日号
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artscapeレビュー

天野裕氏「鋭漂」

2018年09月15日号

会期:2018/08/01~2018/08/30

kanzan gallery[東京都]

福岡県大牟田市出身の天野裕氏(あまの・ゆうじ)は、2009年に塩竈フォトフェスティバルで大賞を受賞する。それ以来、彼自身が「鋭標(えいひょう)」と名づけた、とてもユニークなやり方で作品発表を続けてきた。天野が手作りした写真集を全国のさまざまな場所に持ち歩き、Twitterなどで日時と場所を指定して、一定の料金を支払った上で希望者に観賞してもらう。写真集を見る場所は喫茶店、公園、車の中などであり、作者と観賞者とが一対一で同じ時間と場所を共有することが前提となる。実際に僕自身も、新宿の喫茶店で天野と対面しながら写真集を見たことがあるが、その雰囲気が、当初予想していたよりもオープンで風通しのいいことが分かってややほっとした。何よりも凄いのは、これまで3000人以上にそうやって写真を見せているということで、人数を考えると、これは写真集という表現媒体の可能性を最大限に展開・拡張していく、最良の方法のひとつであるようにも思える。

さて、今回のkanzan galleryでの「鋭漂」は、天野のいつものやり方とはかなり違っていた。会場のテーブルには、彼がこれまで制作してきた5冊の写真集『Rirutuji』(2009)、『Arga』(2011年)、『Luzes』(2012)、『Korm』(2013)、『Lust Nights』(2017)が置かれ、観客はそれぞれ1冊につき1000円の観覧料を払って自由に(混み合う時には入場制限あり)見ることができる。天野が会場にいることもあるようだが、僕が行った時には不在だったので、より気楽にページを繰ることができた。あの一対一の濃密な時間を味わうことはできなかったわけだが、逆にこれはこれで新たな視覚的体験の可能性を秘めているのではないだろうか。

出品された5冊を観賞してあらためて感じたのは、天野の写真家としての表現能力がとても安定しているということだ。どの写真集もよく練り上げられた構成で、特にシークエンス(連続画面)が効果的に使われている。だが、10年近く同工異曲の「私写真」のスタイルを維持し続けていることに対してはやや疑問も残る。そろそろ写真集作りの土台を再構築していく時期にきているのではないだろうか。今回の「展示」は菊田樹子のキュレーションによる連続展「Emotional Photography」の一環として開催された。「『感情』『情動』をキーワードに、写真を撮る・見るという行為を考察する」という展覧会シリーズの第1回目にふさわしい展示だったと思うが、逆に天野の写真に本来備わっている論理性、倫理性を軸にした写真集も見てみたい。

2018/08/17(金)(飯沢耕太郎)

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