artscapeレビュー

イケムラレイコ 土と星 Our Planet

2019年02月01日号

会期:2019/01/18~2019/04/01

国立新美術館[東京都]

見ごたえのある個展だった。久しぶりに絵画を堪能したって感じ。イケムラレイコの名前と作品は、80年代にドイツの新表現主義の画家として初めて知った。当時はドイツで活躍する日本人の女性画家というだけでけっこう珍しく、しかも流行の新表現主義絵画だったので記憶に焼きついた。その後、何年かにいちど作品を目にする機会があったが、幽霊のような少女像を描いてみたり、薄塗りの幻想的な風景画だったり、テラコッタによる人物彫刻をつくったり、断片的に見る限り一貫性がなく、よくわからない作家としてやりすごしてきた。

今回初めて全体を通して見て、新表現主義が初期の過度的なスタイルに過ぎず、もっと大きなものを相手にしていることがわかった。拙い言い方だけど、たとえば同世代の辰野登恵子のように「絵画」と格闘してきたというより、絵画を通してなにかと格闘してきた、あるいは格闘を絵画にしてきたという印象を持った。なにと格闘してきたのかはわからないけれど、女ひとりで(という言い方はよくないが、以下70-80年代の話なので)日本を離れ、スペイン、スイス、ドイツと移り住み、画家として自立してきた経歴を見れば、すべてが格闘だったといえるかもしれない。

展示は、プロローグから「原風景」「少女」「戦い」「アマゾン」「炎」「コスミック・ランドスケープ」、そしてエピローグまで16室に分かれ、油彩画、ドローイング、彫刻、写真など約210点におよぶ。初期の「原風景」に、《マロヤ湖のスキーヤー》と題された雪舟の山水画に基づく表現主義的な絵画があって驚いた。これは海外在住の日本人画家が陥りがちな東西の折衷主義かと思うが、幸いなことに長続きしなかったようだ。ところが最後の「コスミック・ランドスケープ」で屏風絵のような大画面の山水画が再び現れるのだが、これを折衷主義と見る者はいないだろう。ここでは完璧にイケムラレイコの世界観が立ち現れているからだ。これが格闘の成果というものかもしれない。

「有機と無機」では、1990年ごろから始まるテラコッタ彫刻がまとめて並べられている。興味を惹かれたのは、初期のころは家の形状をしているものが多いのに、やがて柱または塔状を経て、少女をはじめとする人物彫刻に移行していくこと。もうひとつは、これらは陶彫なので中身がどれも空洞であることだ。空っぽというより、中になにかを入れるための器というべきか。3.11後の《うさぎ観音》は内部に人が入れるほどの大きな空洞になっている。つまり人物(うさぎ観音)であると同時に「家」でもあるのだ。

同展でもっとも違和感を覚えたのは「戦い」のコーナー。1980年から近作まで戦争(とくに海戦)を描いた絵画を集めたもので、表現主義的なタッチの《トロイアの女神》や、近作の《パシフィック・オーシャン》《パシフィック・レッド》などは絵としての美しさが勝っているが、《カミカゼ》と「マリーン」シリーズはプロパガンダとしての戦争画そのものではないか。次のコーナーの戦う女を描いた「アマゾン」の版画シリーズともども、イケムラの「格闘」を象徴するものかもしれない。

2019/01/24(木)(村田真)

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