artscapeレビュー

ヴェリブとフレンチデザインのエスプリ

2009年02月01日号

2007年7月15日にパリで始まった自転車貸出サービスであるヴェリブについては、昨年の6月、虎ノ門にある自転車文化センターに実車が寄贈され展示されるなど、環境問題への意識の高まりとともに、合理的でエコな移動手段として日本でも関心を持つ人も少なくない。遅ればせながら、筆者は、昨年の秋に現地でヴェリブに乗る機会があった。ヴェリブのシステムについてはWebでも詳しく紹介されているので、ここでは自転車そのものについてレポートしよう。

 デザイナーは、フィリップ・スタルク門下のパトリック・ジュアンが手がけている。ご覧のとおり、公共の場でレンタルされる自転車であるので、デザイン的な格好良さが追求されているわけではない。基本は、不特定多数のユーザーが安全に利用できる自転車ということで、フレームも太く総重量で22kgと決して軽くない。実用性を優先したデザインである。フロントの荷物カゴとリアの存在感ある泥よけが特徴的だ。少しごつい「ママチャリ」という風体である。微妙な色合いのグレーのカラリングはパリの街並にとけ込んで見える。実用性を追求しながらも大らかでユーモアのあるスタイリングは、写真で筆者の後方に見えるシトロエン社による大衆車の傑作2CV(1948年発表)にも通じる。

 運転してみると、三段変速機を駆使すれば、坂道でもペースを落とさずに走らせることができる。駿馬ではなく優美さには無縁だが、仕事や遊びの相棒となる乗り物で、愛嬌のある農馬のような感覚が湧いてきた。そういえば、シトロエンの2CVは、フランスの「農民車」として開発されたという歴史を持つ。ヴェリブとシトロエン2CVには、乗り物のデザインに関する、時代を超えたフランス人のエスプリが息づいているように思われた。

写真:ヴェリブに乗る筆者。後方にシトロエン2CVが見える[撮影=Kimiko Yoshida]

2009/01/21

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