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長谷川豪《狛江の住宅》

2009年03月15日号

[東京都]

竣工:2009年
プロデュース:大島滋(Aプロジェクト)

長谷川豪の第4作目。住宅地の角地に建つ。地上に現われた天井高の高い一室と、地下に埋め込まれたヴォリュームが、断面で見ると斜めに配置。そして地下からの階段を上がった先の庭という三つの空間がこの住宅の主要な要素である。延床面積は86.70平米。決して大きくはないが、何か不思議な奥行きを感じさせる住宅で、その感覚に新しさを感じた。建ぺい率40%、容積率80%という条件だというので、通常なら総二階に近い2階建てとしそうなところ、長谷川の選んだ配置は地上と地下に斜めにヴォリュームを配置するというものだった。庭も含めて三つの空間が相互に繋がっており、円環状に空間の場面が転換していく。特徴的なのは、地下の居室の天井にあけられた4つの天窓。長谷川によればこれは空間同士をつなぐもので、開口部というより階段に近いものなのだという。実はこのことがこの住宅の建ち方を示す鍵になっている。本人の説明によれば、この住宅では「まち」と「にわ」と「地上」と「地下」の4つの空間が隣接関係を持ちながらつながっているのだという。そして、この天窓は、階段がそうであるように上下の空間をつなぐ「導管」的な役目を果たしている。一階に戻ろう。天井高が高く、周囲の環境に応じて5つの大きな開口部のあけられた1階のLDK。開放的なこの空間には、ヴォリュームから飛び出した曲線部分を持つエントランスで、まるでストローがささっているかのようにも見える。この一階と開口部の外(=「まち」)がつながれている関係は、一階と地下が階段によってつながれている関係と同形である。つまり、「エントランス」は一階と地下をつなぐ「階段」にほかならない。そして一階の5つの「開口部」は、地下空間の「天窓」に該当する。同様に、「庭」と「まち」もつながれている。「庭」に家具が置かれることが想定されており、そこが一種の居室として考えられていることを示している。「地下」と「まち」も、地下の壁面上部に空けられた5つの「換気窓」によってつながれている。それぞれの「空間」をつなぐ複数の「導管的開口部」は、時に「階段」であったり「エントランス」であったり「トップライト」であったり、または「庭」と「まち」をつなぐ「見えない開口部」であったりする。このことによって、この住宅は、「まち」とも手を結び、その中に隣接関係を持って位置づけられることになる。地上のヴォリュームは敷地外部の複数のヴォリュームとほぼ等距離に当たる位置に置かれている。角地であることによって「まち」との、つかず離れずの関係性がより高められる。駅からこの住宅に至る経路を歩きながら、住宅地の奥深くに入り込んでいく感覚があった。おそらく長谷川もそのことを感じたのであろう。住宅地の奥地にあって、建築家がつくる住宅を突出させるわけではなく、周囲の住宅地がもつ位置と力関係のなかで、微妙なバランスをとった場所に配置させ、その関係を結んでいる。「周りの住宅地と同じ土俵に乗らなければ」と長谷川は言う。住宅を住宅地に位置づけること。建築家がそのような住宅を建てたことは特筆に値するのではないだろうか。この考え方は、例えばスイスのディーナー&ディーナーの手法にも近いと感じた。このような「つかず離れず」的な関係性から生まれる関係は、住宅内部の作り方にも浸透していたように思われる。椅子の中に隠され天板を開いて受け取る郵便受け、バスルームから出たところに位置し、対角線状に大小二つの水栓を持つ洗面台など、細部までが「まち」とつながって決められているような感覚を受けた。「まち住宅」ともいえそうな、この住宅の原型として、建ち方を重要視していたアトリエ・ワンの《アニ・ハウス》や《ミニ・ハウス》を思い出したのだが、長谷川は塚本由晴の研究室出身であり、方法論として共通する部分もあるのかもしれない。一軒の小さな住宅が「まち」と「住宅」の関係を示しているという意味で、秀逸な作品だと思った。

写真提供:長谷川豪建築設計事務所

2009/02/26(木)(松田達)

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