artscapeレビュー

『「新しい郊外」の家』

2009年03月15日号

発行所:太田出版

発行日:2009年1月25日

東京R不動産のディレクターにして建築家の馬場正尊による自伝小説的な要素も含んだ本。住宅を持つなら都心か郊外かという選択肢──前者は職場に近いが高くて狭く、後者は高くないがほとんど寝るための場所として選ぶ──に対し、例えば早朝、湘南でサーフィンしてから都心の職場に向かうといった、目的意識を持って住む郊外を「新しい郊外」と名付け、その可能性を語る。そして馬場氏自らもさまざまな経緯で「新しい郊外」としての房総半島に土地を買い、自分の設計で家を建てた経緯が語られる。分かりやすい語り口で、また数々の失敗談を前向きに捉えて書かれているのが引き込まれる。建築家が自邸を建てようとすることではじめて直面する問題、特に住宅ローンをめぐる経験なども書かれており、設計者はもちろん、これから家を建てようと考えている人にとって、とても示唆的な話が多い。特に建築家に住宅を頼む場合に、必要性の高まるつなぎ融資の話など、とても役立つ話である。一方、終章では、馬場の都市・建築論が語られる。既存の都市論への違和感が表明され、イアン・ボーデンなど身体から考える都市論への共感が語られる。東京における設計が頭を使うのに対して、房総に置ける設計は身体を使うのだという。その可能性が、馬場の生き方にも掛け合わされつつ、問われている。あとがきの一言が心に残っている。設計がクライアントへのインタビューからはじまるということ。クライアントとの関係で言えば、設計とはインタビューであるといいきることもできるかもしれない。それはクライアントの意図を翻訳することでもあるだろうし、再解釈し、誤読から新解釈することにもつながるかもしれない。そういったさまざまなことを想起させる、とても明るい本だった。

2009/02/19(木)(松田達)

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