artscapeレビュー

『野島康三写真集』

2009年09月15日号

発行所:赤々舎

発行日:2009年7月17日

かえすがえす残念だったのは、京都国立近代美術館の「野島康三 ある写真家が見た日本近代」(2009年7月28日~8月23日)を見過ごしてしまったこと。ついもう少し長く会期があるように錯覚していて、気がついたら展示が終わっていたのだ。展覧会とほぼ同時期に、赤々舎から写真集が出ているので、そちらを取り上げることにしよう。
野島康三(1889~1964)は、いうまでもなく日本の近代写真の創始者の一人。写真家として重厚なヌードやポートレートで高度な表現領域を切り拓くとともに、洋画専門の画廊、兜屋画堂の経営(1919~20)、月刊写真雑誌『光画』の刊行(1932~33)など、日本の戦前の芸術・文化の状況に重要な足跡を残した。本書は京都国立近代美術館に保存されている彼の作品のほとんどすべてをおさめた、決定版といえる写真集である。ページをめくれば、野島が日本の写真家にはむしろ珍しい、強靭な視線と骨太の造形力の持ち主だったことがわかるはずだ。以前、アメリカの「近代写真の父」アルフレッド・スティーグリッツと野島の作品が並んで展示されているのを見た時、野島の方が圧倒的に力強いオーラを発しているのに驚嘆したことがある。今回の写真集及び写真展では、これまであまり注目されてこなかった『光画』以後の、技巧をこらしたモード写真や静物写真、また彫刻家・中原悌二郎や陶芸家・富本憲吉の作品集のために撮影された写真などにもスポットが当てられている。野島の作品世界の全体像がようやく姿をあらわしてきたといえるだろう。
写真集のレイアウトで気になったのは、初期の「にごれる海」(1910~12頃)など、「芸術写真」の時代の名作のいくつかが、断ち落としで掲載されていること。このように画面の端が切れてしまうと、絵画的な、厳密な美意識で為されていたはずのフレーミングがわかりにくくなってしまうのではないだろうか。

2009/08/27(木)(飯沢耕太郎)

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