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医学と芸術 展:生命と愛の未来を探る

2010年01月15日号

会期:2009/11/28~2010/02/28

森美術館[東京都]

文字どおり医学と芸術をキーワードにした展覧会。ダ・ヴィンチの素描から人体解剖図まで、河鍋暁斎からデミアン・ハーストまで、手術器具から義足・義眼まで、古今東西の芸術作品と医学資料200点あまりを一挙に並べた展示がじつにスリリングでおもしろい。たとえばアルヴィン・ザフラの《どこからでもない議論》(2000)は、人間の頭蓋骨をサンドペーパーの上で幾度も研磨して仕上げた平面作品。骨の粒子で構成されたミニマルな絵画の美しさは、人間の死を即物的にとらえる厳しさに由来している。ヤン・ファーブルの《私は自分の脳を運転するII》(2008)は、題名どおり男が自分の脳を運転する様子を描いた小さな立体作品だが、見ようによっては逆に脳にひきづられているようにも見える。すべての原因を脳に帰結させる唯脳論が世界を席巻している現状を皮肉を込めて笑い飛ばしているかのようだ。渾然一体とした会場を歩いて思い至るのは、これほどまでに生と死の謎を解明しようと努力してきた人類の知的な営みだ。「死」をできるだけ遠ざけることによって「生」を可能なかぎり持続させること。これこそ今も昔も人類にとっての普遍的な問いである。けれども本展に唯一欠落している点があるとすれば、それはそうした知的な営みが歴史的に繰り広げられてきたのは疑いないとしても、それと同時に、人間は人間の生殺与奪を繰り返してきたということもまた揺るぎない事実だということだ。生と死の謎を根底的に解明するのであれば、この暗いアプローチを無視するわけにはいかない。そこで本展を見終わったあとに、駿河台の明治大学博物館に出掛けることをおすすめしたい。そこには数々の拷問器具が立ち並んでおり、苦しみを与えながら生を奪い取ってきた人間の業の深さを体感できるからだ。

2009/11/27(金)(福住廉)

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