artscapeレビュー

黒沢美香『薔薇の人』第13回:早起きの人

2010年03月01日号

会期:2010/02/24~2010/02/26

テルプシコール[東京都]

唯一無二の存在、そんなあたりまえのことを再確認した。初演から10年の『薔薇の人』。ダンスを「花」に、なかでも「豪華で香しい魅惑に満ちた代表」である薔薇にたとえる本シリーズは、黒沢によれば「ダンスの人」とも翻訳できる。とはいえこのソロ「ダンス」は一筋縄ではない。これまでも、床全面を雑巾がけしたり、丸太をノコギリで切ったり、乳の張りぼてを回したりなど、一見するとダンスとはほど遠い荒唐無稽な行為が延々と続き、その光景に観客は翻弄されてきた。翻弄されながらの失笑の隙間に、思いも掛けない瞬間があって、その一瞬をわくわくしながら待つ、それが「薔薇の人」。本作はその9作目(上演としては第13回)。布を干す、手を洗う、ホットケーキを焼く、食べる、呆ける、あわてる、たたむ。こうした行為が突拍子もなく始められまた別のなにかへと交替するその最中にダンスの香る瞬間があって、とくに「あっ」とか「はっ」とか黒沢がなにかを思い出したりなにかに気づいて目を彼方にやったりする、その前後にそれはしばしば起こる。「白塗りの天才乙女」とでも形容したらいいのか、謎のキャラと同化した黒沢の内側でうごめくなにかを、見る者は追いかけたくなる。そこにスリルとサスペンスが発生する。ダンスそれ自体のユニークさと正確さはもとより、そうした観客との絶妙なコンタクトの内に黒沢ダンスの真骨頂はあり、これは彼女しかなしえない唯一無二のダンスであるとあらためて思わされた。

2010/02/25(木)(木村覚)

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