artscapeレビュー

須田一政「風姿花伝」

2010年06月15日号

会期:2010/05/03~2010/05/09

Place M[東京都]

須田一政の名作中の名作『風姿花伝』(朝日ソノラマ、1978年)におさめられた作品が、当時のヴィンテージ・プリントで展示されるというので、ワクワクしながら見にいった。おそらく写真集の印刷原稿なのだろう。フェロタイプという金属板に圧着して、ピカピカの光沢紙に仕上げたプリントの迫力はやはりすごいものだった。いま手に入る印画紙では、まずここまでの黒の締まりとコントラストは無理だし、いかに性能が急速にアップしているとはいえ、デジタルプリンターではこの画像の厚みや質感を出すのは不可能だろう。若い写真家は、ぜひこのようなプリントのクオリティを、視覚的な記憶として保ち続けていってほしい。そのための教育的な価値を備えた写真展といえるのではないだろうか。それにしては会期が短すぎるのが残念だが。
もちろん、作品の内容にもあらためて感銘を受けた。このシリーズを撮影していた1970年代は須田にとっても多難な時期で、「将来性などゼロに等しい。さりとて写真以外に取り柄もない」という状態だったという。だが、作品にはそのような気持ちの濁りはまったく感じられず、むしろ吹き渡る風のような開放感がみなぎっている。むろん、闇や翳りの方に引き寄せられていく作品も多いのだが、それらもまた「闇の輝き」を発しているように見えてくるのだ。祭の踊り手が奇妙なポーズで佇んでいる写真や、ヌラリとした大蛇が、壁にコの字型に這っている写真など、背筋がぞくぞくしてくるような素晴らしさだ。

2010/05/06(木)(飯沢耕太郎)

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