artscapeレビュー

貝島桃代『建築からみた まち いえ たてもの のシナリオ』

2010年06月15日号

発行所:INAX出版

発行日:2010年3月31日

この本に図版はない。文庫本のサイズだから、手軽にもって、屋外でケータイの画面ではなく、書を読む楽しむを改めて教えてくれる。筆者が初めて読んだ貝島桃代の文章は、本書の最後に収録されている、「あとがきにかえて」と題された「シナリオ・シティズー1991」だ。これは『建築文化』の懸賞論文で入賞したものである。当時、筆者は大学院生で、自分よりも若い学生が15の断片的なシナリオで東京の私的な風景を鮮やかに描いていたことに驚いた。もう20年近く前のテキストであり、しかもバブルの時代だったとはいえ、今でも彼女の姿勢は変わっていない。実際、本書のタイトルにも「シナリオ」という言葉が入っている。シナリオとは、抽象的な建築や空間の構成論ではなく、そこで人がどのように感じ、どのようにふるまうかを言語化したものだ。せんだいメディアテークの観察、子どもの頃の遊び、中国、スイス、ロサンゼルスから筑波まで、世界各地の街の分析も、貝島が文を書くのは、それぞれのシナリオを抽出していく行為である。これまでアトリエ・ワンの活動として括られたり、パートナーの塚本由晴の理論的な言説が前面に出ていたが、本書のおかげで、彼女の思考が明瞭に浮かびあがる。

2010/05/31(月)(五十嵐太郎)

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