artscapeレビュー

濱野智史『アーキテクチャの生態系』

2010年07月15日号

発行所:エヌティティ出版

発行日:2008年10月27日

90年代は、浅田彰と磯崎新がany会議を通じて、大文字の「建築」を議論の中心にすえ、積極的に哲学との対話を進めたが、いまやそうした批評の空間は完全に変わり、社会学が強くなり、近い過去のサブカルチャーを扱う論壇が急成長した。そして1980年前後の生まれの論客は、主体ではなく、環境が決定するという主張が多い。本書もそうした流れの一冊といえるだろう。特徴は、コンテンツの内容や善悪の倫理は問わず、ウェブにおける情報環境をさまざまな進化が絡みあう、生態系として読み解くこと。またネットの世界は欧米の方が素晴らしいとか、進んでいるという議論に回収せず、これを現状肯定的な日本論に接続すること(ガラパゴスとしての、匿名型の2ちゃんねるや、ニコニコ動画)。海外の動向よりも日本の事情というのもゼロ年代の批評的な風景かもしれない。本書では、「限定客観性」や「操作ログ的リアリズム」など、さまざまな新しいキーワードも出しているが、同期と非同期について触れた時間の問題が興味深い(ツィッターにおける選択同期など)。ネットの世界は、コミュニケーションのモデルでもある。ゆえに、ゲーテッド・コミュニティとしてのミクシィ、あるいはミクシィのように都市空間や集合住宅を設計するといったコメントもなされている。大文字の「建築」からコンピュータの「アーキテクチャ」へ。これもゼロ年代の大きな転換だった。

2010/06/30(水)(五十嵐太郎)

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