artscapeレビュー

桑久保徹 海の話し 画家の話し

2010年09月01日号

会期:2010/08/07~2010/09/26

トーキョーワンダーサイト渋谷[東京都]

画家・桑久保徹の個展。初期の作品から近作の肖像画まで、30点あまりの絵画と数点の写真などが展示された。架空の画家であるクウォード・ボネに扮して浜辺の風景画を描くことで知られているが、今回の個展ではボネのポートレイト写真が展示されたほか、隣接するカフェではボネの絵と同じように浜辺で男たちが穴を掘り続ける映像も発表された。桑久保の代名詞ともいえる浜辺の絵は、おおむね大空・海・浜辺という三層によって構成されており、画面の配分もほとんど変わらないし、絵筆のタッチをそれぞれの層によって描き分けるという点も一致しているから、浜辺で繰り広げられる光景に違いはあっても、絵の形式としてはすでに完成されていると言える。砂浜に巨大な穴を掘るという光景は安部公房の世界を連想させがちだが、想像上の画家を設定したうえでモチーフとしてアトリエや彫刻室を描くあたりには、画家というアイデンティティへの強いこだわりの意識が感じられる。それが素直な描写が否定されがちな現在の美術制度の中で辛うじて描写を成立させるための方法的な戦略であることは理解できるにしても、これだけ多種多様な絵画作品が盛んになっている現在、その戦略はすでに役目を終えたようにも思える。むしろ、そうした自己言及性とは無関係に想像力を駆使したほうが、より自由でおもしろい絵画空間が生まれるのではないかとすら期待できる。その意味で、今回新たに発表された肖像画のシリーズは、メディウムを厚く塗る手法は変わらないものの、モチーフが浜辺からより直接的な他者へと移り変わったという点で興味深い。題名の言葉のセンスも鋭い。

2010/08/18(水)(福住廉)

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