artscapeレビュー

活動写真弁士 澤登翠の世界

2010年10月01日号

会期:2010/08/28

佃島説教所[東京都]

活動写真弁士の澤登(さわと)翠による独演会。畳が敷き詰められたお寺の集会所で、『チャップリンの番頭』(1916)と『番場の忠太郎・瞼の母』(1931)の2本が上映された。前者はともかく、圧巻だったのは後者。片岡千恵蔵が扮する浪人が生き別れた母を訪ねて旅を続ける物語に、澤登による声色を使い分けた話芸が絶妙のタイミングで重ねられる。稲垣浩監督による映画自体も、場面に応じて工夫したカメラアングルや迫力のある殺陣、役者の細やかな演技など、いちいちすばらしい。実の息子であることをなかなか認めてもらえなかった母に、ようやく受け入れられた結末のシーンで、片岡千恵蔵が一瞬見せる、子どものように無邪気な歓喜の表情は、それが次の瞬間エンドロールによってたちまち断ち切られてしまうことによって、観客の脳裏に深く刻み込まれたにちがいない。

2010/08/28(土)(福住廉)

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